チェーンストアのここに学べ:ドーナッツチェーン
日本のファストフードのなかで最も参考にされているのが、マクドナルドなどのハンバーガーチェーンである。ハンバーガーチェーンのオペレーションシステムやマニュアルは確かに優れているが、実はレストランチェーンのオペレーションとはまったく異なる。
ハンバーガーチェーンの厨房内では熟練した調理人はまったく必要がない。食材はすべて原材料メーカーで必要なポーションサイズに加工され、店舗ではまったく加工する必要がなく、グリドルやフライヤーで加熱調理するだけだ。包丁やまな板は存在しない。レタスなどの野菜も洗浄殺菌され、カット後袋詰めされて店舗に搬入される。
ソース類も事前に調合され、カートリッジに詰められており、店舗ではソースガンなどでワンポーションずつディスペンスするだけである。ハンバーガーチェーンではシステム全体の設計が重要であり、個店単位のレストランがまねをするには、店舗全体のシステムをきっちり設計しないと、かえって矛盾が生じるのだ。
米国風の飲食チェーンは皆マクドナルドのように機械化したシステムで成り立っていると誤解しがちなのだが、職人の技術をマニュアル化して、作業が簡単になるように食材の標準化を行い、合理的なトレーニングマニュアルを作成し、同時にトレーニングシステムとトレーニングセンターを設け、普通は数年かかる職人芸を一ヵ月で教えることによりチェーン化を成し遂げたチェーンがある。それがドーナツチェーンだ。
ドーナツのチェーンは、ドウの仕込みから発酵、フライまで店舗で実施する。そのためドーナツマンという専門職の養成が必要になってくる。ドーナツにはケーキドーナツというベーキングパウダーで膨らます簡単なドーナツと、パンと同じく生地をこねて発酵させ、その生地の型抜きをして、それを発酵させ、パンのように窯で焼く代わりにフライヤーであげたイーストドーナツがある。
ケーキドーナツは短時間で作れるし、アルバイトでも作業が簡単にできるが、イーストドーナツはパン職人と同じ技術が必要になる。普通、パン屋の職人が一人前になるまでには、パンの学校に最低一~二年通い、それからパン屋で何年もの徒弟奉公をし、先輩の仕事を見よう見まねで覚えるという工程をたどる。極めて前近代的な人材育成方法である。それでは急速なチェーン展開はおぼつかないので、ドーナツ職人の養成を効率よく短期間で行うべく、ドーナツ大学というトレーニングセンターを作り、三〇日で養成できるようにした。また、粉を事前にプリミックスし、温度調節をした一定量の水を合わせれば自動的にドウができるようになっている。
ドーナツ大学というと、何か学問を教えるように思うが製造の実務が中心であり、ただひたすらにドーナツを作るのである。従来のパン職人の養成と異なるのは、原材料がもったいないからといって店舗で先輩の作業を見よう見まねで覚えさせるのと違い、トレーニング中の完成したドーナツは惜しげもなく捨ててしまうことである。これにより、普通三~四年かかる発酵技術の難しいイースト菌のドーナツの製造を、一ヵ月で教えてしまうのである。
また、変わった卒業試験もある。八時間以内に二〇〇〇個のドーナツを完成しなければならない。どんなに良い形のドーナツを作っても、数が二〇〇〇個に満たないと卒業できないのである。このようにして職人を短期間で養成するというシステムは、ハンバーガーなどのチェーンシステムより、日本の職人芸的なレストランチェーンの展開に大変向いているのである。
ではその職人の超高速育成方法を見てみよう。ドーナツの種類は大きく分けると、イーストドーナツ、ケーキドーナツ、チョコレートケーキドーナツ、フレンチクルーラの四種類のミックスである。イーストドーナツはパンと同様に発酵をしなければならないので、アルバイトでは製造できない。そのほかのドーナツはベーキングパウダーなどで膨らませているため、アルバイトでも製造できる。
ドーナツの製造を見てみよう。午前7時に店舗を開店するには、開店四時間前の午前3時には店舗に入り、仕込みを開始しなければならない。
●イーストドーナツの製造方法
<配合>ミックス二〇kg、水一〇リットル、生イースト一kg/これで六〇ダースのドーナツができる。
スクラッチで作る時には小麦粉と、砂糖、油脂、香料、イースト菌、イーストフードなどを計量して作るが、計量ミスなどが発生しやすい。そこで予め配合する材料を混ぜておく。ミックス粉のスペックを作り、簡単に水とイースト菌だけで安定した味を出せるようにしている。
<温度調整>生地の出来上がり温度が二八度Cになるように粉温度、摩擦熱を計算し、水温を算出する。こねあげ後の温度が低いと、発酵がうまくいかず生地のボリュームが出なく固くなる。温度が高すぎると、発酵が早すぎ、途中で生地が縮んだり、酸味が出る。
温度が重要なので経験に頼ることのないように温度計測は温度計を使用し正確に行わせ、計算式に基づいて行えばだれでも出来上がり温度が一定になるようにした。また、こね上げ基準の生地の状態の判断の手法を明確にした。
<ミキシング>水と生イーストを先に混ぜ、次にミックスを徐々に入れスロースピードでゆっくり混ぜる。次にハイスピードで一〇~一五分間ミキシングする。ミキシング時間は粉の特性により異なってくる。季節の変動により粉の性質に違いがあり、吸水率が変わるので十分注意し調整する。
一般的にドウが出来上がる時には、バタバタという音によってそれを判別する。さらに小量のドウを取り、それを延ばし、きれいに透明になるように延びれば、完全な出来上がりである。
<一次発酵>出来上がったドウをミキサーボウルに入れたまま発酵させる。ドウの出来上がりは室温湿度により異なるが、三〇~四〇分間である。
ドウの発酵は季節により異なるので、温度や湿度によりどのくらい変わるかの目安をマニュアルに記入してある。
<分割丸め>一次発酵の終わったドウは、元の倍くらいに膨らむ。それを取りだし、カッティングベンチの上で分割し、丸める。一〇分間ほど放置し、カッティングを行う。
<カッティング>分割した生地が柔らかくなったら、それをドウローラーで一定の厚さに延ばし、ドーナツリングの形状のカッターで型を抜いていく。四〇~六〇分間かかる。一個あたり四二~四五gであり、誤差は±二gである。ここは時間との戦いであり熟練が必要になるが、トレーニングセンターで朝から晩まで練習することにより短時間で修得できるようになる。
<二次発酵>カットしたドーナツは網に置き、ドーナツラックに入れる。全部の型抜きが終わったら、ドーナツラックごと、発酵機(プルーファー)に入れる。発酵時間は季節により異なるが、四五分間である。発酵機の温度は三〇~四〇度C、湿度は五〇~九〇%である。温度、湿度はドーナツの状況によりコントロールする。
温度が高いとドーナツは乾燥し上に膨らみ、フライすると中に空洞ができる。湿度が高いと横に膨らみ、油を吸い易い。適度なバランスが必要である。また、内部の上下左右で、湿度温度のバラツキがあるので、ローテーションをしなければならない。従来は最も技術の必要なところであったが、最近、精度の高い湿度コントロールのついた発酵機が出てきたので管理が容易になった。発酵機からドーナツラックごと出し、一〇分間ほど乾燥させる。さもないと、ドーナツの吸油が多くなる。
イーストドーナツの(パンも同じだが)品質は発酵で決まる。発酵が十分でないと膨らまず、未成熟の生地となるし、発酵しすぎると気泡が大きく油を吸い込んでしまう。イースト菌は生き物であるので、マニュアルでカバーしきれず、問題が発生したときの原因追究と解決策のチェックリストを作成し、トレーニングの際になるべく問題を解決できるように教育をしている。
<フライ>温度は、大きさにより変わるが、一八〇~一九〇度Cで、片面三〇秒ずつ揚げる。大きなものは油の中に沈めて揚げる。合計のフライングタイムは三〇分間である。仕込みから合計三~四時間はかかるのである。
天ぷらと同じで大きさによって温度を変更する必要があり、商品別の温度、時間を明確に定めてある。また、生地の発酵や温度が適正でないと油がしみこんで脂っこい商品になるので、その対応の手法を明確にしてある。
<フィニッシング>リング状のドーナツは熱いうちにハニーディップなどのコーティングをする。そのほかのドーナツは冷却し、クリームやジャムを詰め、シュガーコーティングをする。このフィニッシングの作業をアルバイトでも可能なように、ジャムの自動充填機器を作っている。
●マニュアル
以上は製造のマニュアルの考え方だが、ドーナツは生き物でありマニュアル通りに完璧に作れるわけではない。そのために失敗した時やうまくいかない時の原因究明と対策を教える必要がある。
マニュアルではそのトラブルシューティングをわかりやすく説明し、実際の製造を行わせながらその失敗の原因を説明し、短時間で理解させるカリキュラムを作っている。同様に他の作業もすべてわかりやすいマニュアルを作成したのが大きな特徴で、ハンバーガーチェーンのマニュアルよりも具体的でわかりやすいのが特徴だ。
そのマニュアルは(1)人事マニュアル(2)売り方マニュアル(3)販売促進(4)品質管理(5)製造マニュアル(6)デコレーションマニュアル(7)清掃マニュアル(8)トレーニングマニュアル(9)利益計画(10)店舗設計パターン(11)新店舗開店マニュアル(12)地域フランチャイズマニュアル(13)防火、食品衛生マニュアル、と各種類を網羅しており、脱サラした経営者でも短時間にドーナツの製造から人事、利益管理などの経営管理の手法を学べるようになっている。
このようなマニュアル化はチェーン経営をするつもりがなくても、従業員の教育や長年勤務した従業員にのれん分けをするためにも必要になってくるだろう。とくに長らく築き上げてきた商売を息子に継承させる場合に、より合理的な経営手法を学ばせるためには必要不可欠だ。マニュアル化というと難しく考えるが、簡単に言えば、あなたの飲食店経営者のノウハウとして頭の中にあるものを、だれでもわかるように文章化するというものなのだ。
((有)清晃代表取締役・王利彰)