榊真一郎のトレンドピックアップ:百貨店“特別食堂”の高級感

1998.07.20 156号 14面

「百貨店の特別食堂……」そう言いながら目をウルウルさせる。もしかしたら僕たちが最後の世代かもしれないな、と思いながら、それでもあえて「アア、あこがれの百貨店の特別食堂」といわせていただきましょう。

僕がほんの小さかったころ、デパートの特食には夢がありました。グラタンというものを初めて口にしたのも、スパゲティをクルクルとフォークに巻き取って食べるということを学んだのも、特食(僕にとっては三越の)だった。

日の丸と星条旗が仲良く並んだお子さまランチを卒業する年になっても、食後にクリームソーダをごちそうしてくれる時だけは「ボク、子供だもんネ」って不思議に居直り、大人ってなんでコーヒーみたいなまずいものをおいしそうに飲むんだろう、と思っていた。

毎日の隣にあったぜいたくだったんでしょう。そこに連れていってくれるパパやママは素敵だった。いつもはママの手を離さない僕も、特食の入り口では大人の顔して両手を振って、テーブルまで背中を伸ばして真っすぐ歩くんですネ。

うれしかった。あんなにハレバレした気持ちが満ち満ちた場所って最近、ちょっと見かけない。懐かしの「アノ、特別食堂」。「やっと自分が子供を連れて行けるほどの年ごろと収入になったのに、何でその特食そのものがなくなってしまったの? 何とかしてヨ!」

こんなノスタルジーを抱えて果たせぬ紳士のために、今日はとっておきの一軒をご紹介しましょう。

日本橋高島屋・特別食堂。この百貨店は、百貨店こそが「ハレの場」の王様であるといわんばかりのデパートで、宇宙があるとさえ思えるほどのぜいたくな品ぞろえを誇ります。で、当然ながら、この特別な場所における特別、は本当に特別なのです。

鰻の名店「五代目・野田岩」、割烹の「三玄」と帝国ホテルの洋食部がそれぞれに厨房をかまえ、そのおいしいところをわがままにピックアップしていただける、というそのシステムそのものがまず特別。

入り口のところに五〇席ほどのウエーティングがあって、名前と人数を名乗ってまずメニューを見ながらそこで待つ。ほどなく名前を呼ばれて案内されるのですが、この手順がまた特別。

サービスのご婦人方は教育されているのでなく「しつけられている」といった方が良いでしょう。多彩な品ぞろえに注文しかねるお客さまに、私はコレが好きです、と間髪入れず答えるそのさまは、自分が働く店に対する愛着の表れでしょう。

私のここでのお気に入りは野田岩さんの「かさね重」。白焼きと蒲焼きをハッとするほど熱々のご飯とともにかき込む逸品なのですが、確かに麻布の本店でいただく方が、ウナギそのものはおいしいのですが、本店には「特別な料理」はあるけれど、それ以外の特別に関しては、この高島屋の特別がすべてをりょう駕しています。

例えばサービス。例えば雰囲気。ウナギの後に帝国ホテルブレンドのコーヒーをいただくぜいたく。デパートの中という立地性が持つ気軽さと裏腹の、ただならぬシャンとした、でも軽やかな高級感。こんな特別は、そんじょそこらに転がっているものではない。

本当においしいところだけをちょっとずつ、という大人の粋のぜいたくと、子供じみたわがままを満たしてくれるという意味で、これほど特別な場所はほかに無し、と断言します。

子供のころのワクワク・ドキドキを、大人の財布でもって買うことができる、という特別。その特別を素直に喜び「アア、シ・ア・ワ・セ」の気分で、紳士を磨いていただければ、と思います。

((株)OGMコンサルティング常務取締役)

気になるデータ

※「日本橋高島屋・特別食堂」=東京都中央区日本橋高島屋の別館4F。水曜日が休みであることが多く、営業時間も高島屋に準じています。昼間、ちょっとウナギでも……が一番正しい使い方かもしれない。

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら

関連ワード: 高島屋