これでいいのか辛口!チェーンストアにもの申す(23)天丼チェーンの雄
天丼の「てんや」をご存知だろうか。商社と食油会社が平成元年に設立した天丼のファストフード・チェーン店で、正式には株式会社テンコーポレーションという。現在、首都圏を中心にチェーン店をひろげ、店舗数約七十数店舗、年商七〇億円を超える売上げをあげる立派な外食企業に成長した。今回は、このてんやが急激な出店による業績不振をきっかけに、それまで拠って立っていたチェーンストア理論をかなぐり捨てて、天丼の専門店チェーンとして生きることに目覚め、その以後すごい業績をあげ続けていることをご報告したい。
和食のファストフードといえば、牛丼の「吉野家」や「松屋」が有名である。(*和食といえば、そのほかにもすしのチェーン店や立ち食いそばなどがあるが、それは今回の対象ではないので話題にしない)しかし、和食といってもこの両社の主力商品は牛丼である。
この牛丼は、もともと和食ではない。明治の文明開化、当時はやった「牛鍋」が「すき焼き」となり、それをご飯の上にぶっ掛けたぶっ掛け飯が庶民の人気となる。これが「牛すき焼き丼」、そして「すき丼」、やがて現在の「牛丼」となったわけである。であるから、牛丼は洋食に非常に近い食べ物である。
天ぷらは外国からの伝来であるが、その歴史は古く和食として長く定着しており、同時に天ぷらは格式の高い食べ物である。その天ぷらを丼に乗せ、甘いたれを掛けたのが天丼である。現在これをチェーン化し、三〇店舗以上のチェーンに成長させているのは、わが国内ではこのてんやと杵屋が展開する「どんどん亭」しかない。
てんやの設立当初、つまり平成元年当時は、ガチガチのチェーンストア理論に支えられた、マニュアルづけの外食企業であった。しかしそれでも大きく業績を伸ばすことができた。その原因は五つである。
(1)普通天丼(並)が、四九〇円と格安だった。
(2)食油会社が開発した自動フライヤーが大きな威力を発揮した。
(3)天ぷらに使う食材は、商社が持つ抜群の食材調達力が支えた。
(4)この食分野での、強力なライバル企業がいなかった。
(5)ファストフードの原理原則と仕組みを、上手に経営に取り入れた。
こうして、てんやは好調なスタートを切った。確か第一号店は、東京・八重洲の地下街ではなかろうか。時はあたかもバブルの絶頂期。サラリーマンや買い物客でごった返すこの天丼の店に、よく足を運んだことを思い出す。この第一号店の成功から、てんやは一気に毎年一〇店舗程度の急激なチェーン展開に乗り出すのである。
それにもう一つ、てんやの成功のポイントを忘れてはならない。それはこの会社の社長をしている人物、岩下善夫氏の存在である。実は彼、日本マクドナルドの創業時から、あのチェーンストア方式の経営を支え、マクドナルドを日本一の外食企業に成長させたらつ腕マネジャーだったのだ。
その彼が、チェーン店展開の方式で取ったやり方は、マクドナルド並みのガチガチのチェーンストア方式である。しかしその急速展開のてんやに思わぬ挫折が待っている。平成7年の業績が大幅にダウンしたのだ。その予兆は、既に前前年ごろから現れている。
展開を始めた平成3~5年ごろは、その出店場所の多くが東京都心である。これらは、人通りも多く夜遅くまで開けていれば十分商売になる場所である。ところが、この都心部攻めが一通り終わり今度は郊外への出店となった時に問題が生じた。
特に郊外の主要客層は、家庭の主婦である。平成5年から6年ごろには、新店舗の持ち帰り比率が店内食を上回りだした。てんやに、夜の食事やオカズとしての天ぷら・天丼を買いに来る彼女たちの目は厳しい。
揚げ立ての天丼は、持ち帰りの発泡スチロール容器の中で蒸れて、その商品の不十分さを暴露する。まだ店舗が少なく、本部の精鋭スタッフの目が店に届いている時には決してなかった苦情が次々寄せられた。
「なにさ、持ち帰ったらエビの衣が全部はがれていたわよ!」「このあいだ買った天丼、中が生だったわよ!」「ひどいじゃない、天丼のエビが真っ黒よ!」
急速展開しているてんやの本部は、こうした苦情にも「マニュアル通りやれば問題ない」とたかをくくっていた。しかし、一人の苦情の裏には三〇人の苦情が隠れている。店長も苦情をその場で解決し、本部になるべく知らさない。
そして平成7年、既存店の業績が急下降してゆくのである。独自に開発した自動フライヤーでも、天ぷらを揚げるちょっとした技術は絶対必要だ。しかし、各店舗では調理技術の大幅レベルダウンが始まっていた。
その背景には、人も育たないのに急激なチェーン展開に走るチェーンストア式経営があった。店舗の現場も、人もいず経験もない新入店長がオロオロするばかりで、ろくに休みも取れずに泣いていた。
そこで社長は決断した。「二年間は、出店はまかりならん! そして、われわれが忘れていた調理の基本とサービスを強化しよう。まずそのために、技術研修を徹底しよう」ということになり、日本橋人形町に研修センターが開設され、以後大いに活用されているのである。
ここまでで既にお分かりであろう。お客さまは、天丼を買いに来るのであり、チェーンストアだろうが街の天ぷら屋だろうが、おいしい天丼が食べたいのだ。チェーン方式でパートアルバイトで効率よく経営できるなんていうのは、何にも知らないド素人がいうことにすぎない。飲食店は、何しろ料理がうまくなければ、これはもう話にならないのだ。
今てんやは、チェーンストア方式をかなぐり捨てた。そして、会社の経営方針を明確に打ち出している。それは何と、天丼や天ぷらの「専門店の大衆化」を目指した企業であるというのである。
そして今、大手チェーン店が皆苦戦する中、前年比一一〇%と伸ばしつづけて大善戦しているのである。
(仮面ライター)