シェフと60分:有馬温泉・中の坊瑞苑総料理長・大田忠道氏
奈良の料亭での修業時代、昼は毎日がうどんだった。「人が長く勤まらないので、細長く居てもらわなくては」という意味だったらしい。今では笑い話になっているが、それほど人が流れるのが当たり前の世界だった。
「あちこち歩いても結局同じではないか。これからは、日雇い的身分だった料理人も、社会保険が完備し身分が保障された会社組織の中で働く時代になる」との考えから、長い間いた料亭社会を抜け、旅館に身を置く。
技で生きてゆく料理人の世界。競争の中で切磋琢磨し、上に上がろうという気風は、大きな組織であっても同じこと。
調理場は、それぞれが得意技をもち、「技を盗め」という世界。自身もいつかは調理長にと、わが身にむち打つ日々だった。
関東と関西の料理うんぬんがいわれているが、職人気質については面白い逸話がある。
関東に赴任した関西出身の調理長に、仲居さんが「板さん、茶碗蒸しをください」といったところ、茶碗蒸しが半盛りで出てきた。そのため、くだんの調理長は首になり関西に帰ることに……。
関西では板場さん、関東では板さんと呼称が違うため、関西の調理長は「わしの名前を半分しか呼ばなかったから茶碗蒸しを半分にしたんだ」と。昔の職人気質を如実に表した話だ。
化学調味料の多用で味が平均化してきたとみている。食通うんぬんといわれているが、ある試食会で卵焼きを、化学調味料を使ったものと使わないものの両方を出してみたところ、大多数は使った方がおいしいと言っているのを聞き、「がっくりしました。うちは頑として使いません。後口が悪いし、切れが悪い。なんといっても体に悪い。自然の味が一番です」と言い切る。
こうした消費者嗜好には、客との対話で納得してもらうよう仕向けていくしかない。
「季節感を出すためには口にいれるもので示すのです」
トマトやキュウリは体を冷やすから冬には出さず、夏だけにする。どうしても食べたいという所望があれば出す。また、大勢の客が相手では応じきれないため、三~四品の中から選ばせる方式もとる。
全国どこへ行っても食材が出回っている中、これから面白いのは乾物とみる。戻しておいしく食べるタケノコやワラビ、豆、キノコなど、「生鮮と違い価格が安定しているのがよい」と経営者感覚が見え隠れする。
「若い人は、お客の前でも物おじしない。簡単な海苔を焼くことなどむしろ喜んでやりたがる」
現代若者気質を生かし、新人には朝食で大人気の「ぬくぬくの卵焼き」を客の前で焼かせる。意外に、こうした場で腕は鍛えられるとみるからだ。
料理人として働く環境は全員が同じ。洗い物は新人だけでなく、二〇年の在籍者も同じに行う。またミーティングも毎日あり、足りない消耗品も遠慮せず発言させるなど、風通しの良い雰囲気をつくる。
こうして三年くらいたち、この子ならいけると思う子には厳しく教えていき、上に上げても時に下に降ろしたりして、“てんぐ”にならないよう指導する。
女性料理人も六人在籍するが、競争を奨励する。責任感があり、休憩も惜しまず働き、朝5時前に出勤して働く子もいるという。
「時間を惜しまず働くこと。これが残る子と辞める子の分かれ目」
昔から変わらない職人の世界である。
文・カメラ 上田喜子
・所在地/兵庫県神戸市北区有馬町八〇八
・電話/078・904・2775
◆プロフィル
一九四五年兵庫県神戸市生まれ。高校卒業後、東京で就職が決まっていたが、料理人であった兄のもとでアルバイトをしたのが縁となり、そのまま料理界へ。
奈良、和歌山の小料理屋や料亭で修業を積むが、計画性のないずさんな経営では行き詰まってしまい、いずれは旅館料理が主流になるとの確信をもつ。
二五歳で「中の坊グランドホテル」に入社。「中の坊瑞苑」オープンに伴い、料理長となったのが三五歳。以来、旅館一筋で今日に至る。
兵庫県日本調理技能士会会長、日本調理師連合会有馬支部長、日本調理師協会副会長の要職につき、大阪青山短期大学、兵庫県立淡路高校、ベターホーム協会などの非常勤講師も務める。
料理の鉄人「天地の会」会長としてテレビ、雑誌で活躍のほか、『四季の刺身料理』などの著書がある。
◆私の愛用食材 「地鶏かつお」
「たまたま鶏とカツオを合わせてとっただしをおでんに使ったところ、意外にまろやかでおいしかった」という大田料理長。お気に入りの取り合わせをズバリ商品化した八方だし「地鶏かつお」を愛用する。
昆布や鰹節を合わせただけでは得られないコクのあるだしは、「和風、中国風、エスニックとジャンルを問わずに使える汎用性の高いもの」と評価。
ベースは、厳選した鰹節の削りたてをていねいに抽出したもの。これに阿波尾鶏のコクとうまみをブレンドさせ、さらにこだわりの自然塩で味を引き締めてある。
だしとりは、大変な手間と時間がかかる仕事。ただこの作業をおろそかにすると、料理の仕上がりは台無しになる。
「鍋物、炊き込みご飯にも重宝します。それになんといっても煮詰まらないのがいい。カツオだけでは煮詰まってしまいます」
常に安定した味を出す「地鶏かつお」は、煮物、吸物、卵料理など幅広く使える。
▽ヤマキ(株)業務用事業部(東京都千代田区、電話03・3251・1082)