近代メニューのルーツ(7)和風スパゲティ編 パスタ壁の穴渋谷本店

2003.08.04 271号 16面

スパゲティはイタリア生まれながら、日本の外食メニューから家庭料理まで幅広く浸透し、今や国民食の感さえある。そのバリエーションは豊富で数知れない。なかでもタラコや納豆を使った和風スパゲティはスパゲティメニューのロングセラーだ。その元祖である東京・渋谷の「壁の穴」で話を聞いた。

スパゲティが日本に伝わったのは明治の中ごろ、最初はホテルやレストランでしか食べられない高級のメニューのひとつだった。

戦後、日本に進駐したアメリカ軍はゆでおいたスパゲティをトマトケチャップで炒める「ナポリタン」を軍用食として採用していた。そのため日本のスパゲティもしばらく、ナポリタンが主流だった。

ゆでたてのスパゲティを食べる「本場の味」を広めたのは、昭和28年に東京・新橋田村町で創業したスパゲティ専門店「Hole in the wall」の成松孝安氏であった。横須賀の米軍基地で働いていた成松氏は、走水海岸の海水浴場でCIA極東長官のブルーム氏と出会いブルーム邸で執事を務めることに。さらにはブルーム氏の経営する「Hole in the wall」で働くことになった。ここでゆでたてのスパゲティのおいしさを知ったという。

その後、成松氏は田村町にスパゲティ専門店「壁の穴」を創業。昭和39年には渋谷に移転した。当時の店は約七坪、カウンター席一五ほどの小さな店で、NHKや芸能関係者が常連だった。

成松氏はこの店でスパゲティを日本人の好みに近づけようと、常連客と話し合いながら試行錯誤を続けた。常連客のなかには海外渡航経験者も多く、アイデアだけでなく実際に食材を持ち込む客もいた。

「たらこスパゲティ」の誕生は昭和42年ごろに、イタリアに住んだことのある音楽家がキャビアの缶詰を持ち込んだことがきっかけだった。成松氏はキャビアを使ったスパゲティが評判になったことから、もっと手軽な食材はないかと考え、タラコを使うことを思いついた。海苔茶漬けをヒントに上から海苔をかけたのも好評だった。

「あさりスパゲティ」は同氏が子供のころ、日本橋の親戚の家で食べた深川丼を思い出して作った。むきみのアサリとニンニク、ショウガを使った醤油味をベースに常連客の意見を聞きながら味付けを決めた。

納豆にスパゲティを使うアイデアは当時、高松宮殿下が納豆にオリーブやパセリを刻んで、ご飯にかけて食べると聞いたことから思いついたという。

これらのアイデアメニューが評判になると常連客が競ってアイデアを出すようになった。同氏がそれを次々とメニュー化することで常連客が客を呼び、店は次第に繁盛していった。

この店は九三年に現在の道玄坂二丁目に移転、席数は増えた今でも、客の要望にこたえてトッピングする人気の店となっている。

◆店長のコメント 丸山雅史さん

当店のスパゲティの人気の秘密は、麺と昆布の粉にあります。麺は南イタリアのパスタメーカーにオーダーメードしているオリジナル。一〇〇年以上もの伝統を誇る製法で作られた麺は、ソースに良く絡み、アルデンテと風味を十分にお楽しみいただけます。

昆布粉は、利尻、羅臼からの特注品です。この昆布粉をスープに使うことで化学調味料を使うことなく、ソースに素材の味を生かし、うまみを引き出すことができます。当店独自の素材を使ったおいしいスパゲティをぜひ食べにいらしてください。

◆この食材を愛用しています モティア・サーレ インテグラーレ・フィーノ

食材にこだわる壁の穴で使われている塩は、ソ・サルト社の天然海塩だ。

同社はシチリアの海塩のトップメーカーで、古代フェニキア人が塩田を発明したというシチリア島のトラパニ沿岸で昔ながらの塩田と天日干しで天然岩塩を製造している。モティアはトラパニとマルサラの間に浮かぶ小島の名前で、フラミンゴが飛んでくることで知られる美しい場所。

インテグラーレは無精製、天日で干しあげただけの天然海塩の意。ミネラルをたっぷり含むこの塩は食材の自然のうまみを引き出し、料理の味を十二分に引き立てる。商品にはフィーノ(細粒)とグロッソ(粗粒)の二タイプがある。

◆問い合わせ=モンテ物産(株)(東京都渋谷区、電話0120・34・8566)

◆店舗メモ

パスタ壁の穴・渋谷本店/所在地=東京都渋谷区道玄坂二‐二五‐一七、カスミビル一階、電話03・3770・8305/営業時間=平日・午前11時30分~午後10時、土曜日曜祝日・午前11時~午後10時、無休/おもな人気メニュー=あさりスパゲティ(一二〇〇円)、たらこスパゲティ(九五〇円)

※現在壁の穴グループとして東京、神奈川、名古屋、京都、大阪、神戸、芦屋に計一四店舗を展開している。「壁の穴」の店名の元になった「Hole in the wall」はシェイクスピアの戯曲「真夏の夜の夢」に由来する。恋人同士が壁の穴を通して会話をすることで心を通わせるシーンにちなんで、お客さんとの交流を大切にしたいという思いからつけられたという。

◆一口メモ

スパゲティのルーツはイタリアでも定かではない。マルコポーロが中国から麺を持ち帰ったのがその始まりという説もあるが、それ以前からイタリアにはパスタの原形があったともいわれている。

●たらこスパゲティレシピ

(1)スパゲティをゆでる(2)ほぐしたタラコにバターをまぜる(3)(2)に塩、コショウ、レモン、昆布の粉を入れる(4)ゆで上がったスパゲティを(3)に入れて混ぜる(5)海苔をかける

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