飲食トレンド:居酒屋チェーン、戦国下克上へ突入

2005.11.07 307号 1面

外食業界全体の市場規模が年々縮小していることは、すでに業界関係者だけではなく、広く一般に知られている既定の事実だが、中でも飲酒を中心とした居酒屋のマーケットが、実は外食全体の減少率よりも、さらに大きくその規模を縮小していることは、あまり知られていない。(商業環境研究所所長・入江直之)

外食産業総合調査研究センターの調査データによれば、外食全体の市場規模は2004年度で約24兆4700億円であり、2001年度から約5%減少しているのに比べ、「居酒屋・ビアホール」の市場規模は約1兆0800億円、同じ期間では10%近くも減少している。調査対象となっている各業界別のここ数年の対前年増加率を比較してみても、「居酒屋・ビアホール」をはじめとして「料亭」「キャバレー・ナイトクラブ」など、広い意味での飲酒業態を含む分野は、各調査年度ごとに、他のほとんどの分野よりも大きなマイナスを示しているのだ。

感覚的には非常に減少しているかのように感じられる「喫茶店」の分野が、実は同期間にはほとんど市場規模が減少していないのと比べると対照的だ。

もちろん、こうした調査結果には、調査対象や調査方法による差違がある程度は含まれているが、そうしたことを考慮しても、外食マーケット全体の中で飲酒関連業界、平たく言えば居酒屋マーケットが大きく縮小しつつあることは、何よりも当事者である居酒屋業界自身が、最も痛切に危機感を感じているのである。

このように居酒屋マーケットが縮小している背景には、(1)外食における消費者の飲酒傾向が変化していること(2)世界でも有数のクルマ社会となった日本において、道交法改正などにより外食時の飲酒に対する法的規制が厳しくなったこと(3)コンビニを中心とする食品販売系のチェーンが全国をカバーするようになり、中食マーケットの増加と同様、消費者の飲酒需要を居酒屋から奪い取りつつあること、といった居酒屋マーケットを取り巻く環境の変化が挙げられるだろう。

具体的に、(1)に関して言えば、職域や学生サークルなどを中心とした多人数の宴会需要の減少や、飲酒だけを目的とした居酒屋利用が減り、食事を楽しむ外食利用への変化などにより、居酒屋での飲酒だけではなく、カフェやレストランで飲酒するという機会が増えていることなどが考えられる。また、(2)については、現実に前回の道交法改正によって、全国で多くの居酒屋が大幅に売上げを減らし、大きな打撃を受けたことは周知のとおりだ。(3)に関する明確な調査データは見つからないが、中食マーケットの増加傾向を考えると、「中食VS.外食」の戦いが、アルコール商品だけには及んでいないとは考えにくい。

さらに、居酒屋業界が最も危機感を募らせているのが、いわゆる2007年問題である。この年から、団塊の世代が一斉に定年を迎え、企業から去っていくことによって、この世代が担ってきた繁華街の居酒屋需要が大きく変化すると考えられているからである。

◆寡占化と新興企業

外食マーケットにおいて居酒屋業界を特徴づけるもうひとつの要素は、その上位寡占の進行状況である。

統計資料によれば、2002年度の外食市場約25兆円のうち、上位100社のマーケットシェアを合計しても20%にも満たない額であったのに対し、同年の居酒屋業界内で、上位10社のチェーン企業が占めるシェアの合計は45%を超えている。そして2004年度には、この上位10社の序列こそ入れ替わっているものの、その合計シェアは50%を超えた。つまりたった10社で居酒屋マーケットの過半数を占めるまでになっているのである。

もちろん、洋食ファストフードやファミリーレストランなどの業界でも上位企業の寡占状況は進行している。だがこれらの業界は、もともと既存のマーケットが存在したわけではなく、外資系のファストフードやファミリーレストラン業態のチェーン企業が生まれたことで生じたマーケットであるから、こうした上位チェーン企業がシェアを独占しているというのは当然と言えば当然だ。

しかし、居酒屋業界というのは、こうした外資系外食企業が日本に上陸するはるか以前から存在しており、しかも外資系チェーンのようにシステマチックな仕組みを持った企業が急速に店舗数を増やすことで拡大してきたマーケットでもない。むしろ、ファミリーレストランなどの業界に比べれば、少し遅れてチェーン化が進行した業界なのである。

そうした意味では、現在のような上位寡占の状況に至るまでの短期間に、業界内でどれだけの淘汰と統廃合が行われてきたかを考えると、その戦いは外食業界の中でも非常に厳しいものであったということは想像に難くないだろう。

前述したように、居酒屋マーケットが今後急速に縮小すると想定される中で、こうした業界内の上位チェーンの寡占状況が存在しているということは、今後の居酒屋業界は、こうした大手チェーン同士のマーケットシェアの争奪戦、いわば激しい覇権争いが繰り広げられると考えられるのである。

さらに、別の調査によれば、個人店までを含めた居酒屋業界全体の店舗数は減少しているにもかかわらず、居酒屋チェーンの店舗数合計は増加しているというデータがある。つまり、マーケット全体の売上げ規模は減っているのに、居酒屋チェーン企業の多くは出店を続けているということだ。そして、既存のチェーン企業だけではなく、新たに各地で自社の居酒屋業態をチェーン化し、業界に参入してくる企業も決して少なくないというのが、この業界の現状なのである。

このような状況の中で居酒屋チェーン各社は、それぞれの戦略に基づいて、生き残りを掛けた競争状態に突入しつつある。それは最早、チェーン同士の「潰し合い」と言っても良いような壮絶な戦いの様相を呈しており、大手チェーン同士、そして大手チェーンと新興チェーン、さらに地域の個人店や小規模チェーンまでをも巻き込んだ戦国時代に突入したと言っても過言ではない。

◆戦国時代を生き残る

現在の居酒屋業界は、チェーン同士の戦国時代というだけではなく、新興チェーンと既存チェーンのあいだの下克上の時代であると言うこともできる。こうした時代にあって、生き残るのはどのチェーン企業なのかを判断するには、まずチェーンの基本戦略について考えてみる必要があるだろう。

外食だけではなく、チェーン店とは、出店を続けることで企業規模を拡大し、成長するという仕組みをもつビジネスだ。当たり前と思うかも知れないが、営業所や支店として展開する通常のビジネスでは、その営業拠点が前年の何倍もの売上げを上げる可能性があるのに対し、外食チェーンでは店舗単位で売上げが2倍3倍になることはあり得ない。

また、営業拠点で商品を販売する場合は、販売数が増加するにつれて経費率が下がり、利益率が大幅に向上するのに対し、外食チェーンではやはり店舗単位での利益率が大幅に向上するということも考えにくい。

つまり、外食チェーンが成長するためには店舗数を増やし続けなければならないが、ただ店舗数を増やすだけでは利益率は向上しない。利益率を上げるためには店舗単位で「点」として出店するのではなく、ある地域に対して複数の店舗で、すなわち「面」で出店していく必要があるのだ。複数の店舗とそれをバックアップするセントラルキッチンなどを含めた組織的な店舗展開で、トータルのコストダウンを図り、収益性を上げていくのである。

こうしたプロセスを、いかに確実に、スピーディーに行うかがチェーンの成長を左右する。現在、業界内だけではなく、一般メディアでも話題として取り上げられている外食チェーンのM&A戦略は、こうした急速な規模拡大を目的としたものだ。「持株会社」や「連結決算」「民事再生」といった法律や会計制度の変化によって、チェーンのM&Aがしやすくなったという側面は大きいだろうが、何よりも、この居酒屋チェーン戦国時代において、“規模拡大のスピードをカネで買う”というM&Aの手法が、シェア争いの上で有利な地位を占めるための、最短のルートだ考えられているのである。

しかしまた、店舗というのは、どんなに企業規模が大きくても、ある一定の地域では、その地域の個人店までをも含めた店舗同士の戦いで勝敗が決まる。したがって、現在多くの大手居酒屋チェーンが地方都市やアジア諸国にまで出店を進めているのは、単に出店先を求めてというだけではなく、まだ強力な競合店の少ない地域を先んじて制圧してしまおうという判断からだ。

出店先の地域に、ある一定以上の飲食需要があれば、その中で自社のブランドよりも弱い店舗からお客を奪い取ってしまうことで地域でのシェアは確保できる。そういった意味で、むしろ商圏は大きいが競合も多い首都圏などで苦戦するよりも、人口は少なくても、地方都市や海外で確実にシェア確保を狙うことの方が有利との判断が下されているのである。

外食にかかわる者にとって、こうした各社の戦略に基づいた居酒屋チェーン同士の戦いからは、今後しばらく目が離せない時期が続くのではないだろうか。

◆入江直之(いりえ・なおゆき)=各種飲食店のマネジャー、インテリアコーディネーターを経て、商業環境研究所を設立し独立。「情報化ではなく情報活用を」をテーマに、飲食店のみならず流通サービス業全般の情報化支援を幅広く手がける。各商工会議所で多数講演を開催するなどして、中小企業の業務サポーターとして活躍している。

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