トップインタビュー 穂積技術士事務所・穂積忠彦代表 地ビールは第2世代に
‐‐酒税法の規制緩和で地ビール熱が高まりましたが、最近はその機運が弱まりつつあるように感じます。現状をどのように捉えていますか。
穂積 地ビールに醸造に対する解釈が甘かったというところではないでしょうか。法定製造数量が六〇キロリットルに緩和されたとはいえ、実際に事業化するためには二~三億円もの投資が必要、そう簡単に取り組めるものではない。街おこし、景気低迷を打開するニュービジネスとして沸いたが、実際には商社などの取り巻きが機器を売り込むチャンスとばかりにあおっただけに終わった。
現在約三〇の地ビールが誕生しているが、どれも酒造メーカーなど企業レベルからの参入ばかりで、本来の地ビールの在り方とはかけ離れた意味で地ビールが認知されてしまった感がある。
‐‐地ビールの解釈をどのように捉えるべきなのですか。
穂積 本来の地ビールとは居酒屋などの小規模の飲食店で展開するものです。世界的にみてもそれが常識です。その店にいかなければ飲めないビール、厨房の料理人が造るビールであってはじめて地ビールの価値が生じる。商業規模で大々的なものではなく、調理場レベルで取り組むものなのです。
地ビールを開花させるためには、既存飲食店が参入できるように酒税法をさらに緩和、もしくは廃止すべきだと考えている。大体、酒類にこんな大きな規制をかけること事態がおかしい。先進国では日本だけですよ。アメリカでは家庭での自家醸造も認めている。しかも無税で。商業ベースの税金にしても一リットル当たりわずか七~一四円(日本は二二二円)です。つまらない規制をかけるくらいならば、子供にも簡単に売ってしまうような販売の風潮を改善し、またそれを助長するかのような自販機を即刻撤廃すべきです。
‐‐日本で自家醸造を開花させる方法はありますか。
穂積 私は以前から日本で自家醸造を手がけるならばビール免許ではなく、発泡酒免許に着目すべきだと提案してきました。法定製造数量の六キロリットルである発泡酒ならば、五〇〇万円くらいからの初期投資と三畳間くらいのスペースで展開が可能。麦芽比率を高めて税金をビールなみ(一リットル当たり二二二円)に課せられても、ビールは店内で消費されるわけだから、メーカーのような瓶詰めや流通に関わるコストが皆無。ビールの原価なんてたかが知れてるし、料理の定石である原価率三〇%に比べても利益率ははるかに高い。
すなわち、小規模の既存飲食店でも十分採算ベースに乗るのです。そして発泡酒といえど大手の“節税ビール”よりもすぐれたものが造り出せるのです。
このほど「サンクト・ガーレン」(1、2面参照)がその方法で麦芽比率九九%の発泡酒の醸造に乗りだしました。一〇坪・二〇席くらいの同店が成功すれば小規模店舗における自家醸造の可能性が一気に開けてきます。日本の飲食店における自家醸造が一〇万軒を超しても不思議ではありません。「サンクト・ガーレン」のケースが現れたことで、地ビールは第二世代に突入したといえるでしょう。
‐‐地ビールはお客に対してどのような影響を与えますか。
穂積 選んで楽しい、飲んでおいしいことはもちろんですが、それよりも地ビールの機能性に注目すべきです。地ビールは従来のビールにはなかった「生きた酵母」をたくさん含んでいる。
「生きた酵母」は抗酸化性物質であり、老化防止に最も機能を発揮します。二一世紀の食品産業における最大テーマは抗酸化食品の創造である、という説に従えば地ビールがその最先端を走っているでしょう。
‐‐今後、地ビールに取り組むうえで一番重要なマインドはなんですか
穂積 とにかく行政、メーカー主導の酒類の慣習に疑問を持つことです。日本の酒類に関する常識は国際的に見て非常識である、ということを知ってさらに規制緩和の機運を高めるべきです。過去に私がこのようなことを著書などで提言したとき、国税庁、酒類関係業者からさんざん叩かれました。だが時代は明らかに規制撤廃の方向へ向かっている。既存の常識にとらわれず造り手個人に有効的な規制撤廃機運を高めていくことだと思います。ビールは買う物ではなく、“造る物”という認識を高めるべきです。
‐‐ありがとうございました。
一九二六年、伊豆大仁町生まれ。東京大学農学部農芸化学科で発酵学、微生物学、醸造学を学び、大蔵省の酒の技術官として人生の第一歩を踏み出す。国税庁醸造試験所を経て、協和発酵工業(株)東京研究所へ。以後、モロゾフ酒造(株)取締役製造部長、富士発酵工業(株)専務取締役を歴任し、この間、ワインをはじめさまざまな国産洋酒を開発、日本産リキュールの対米輸出を実現させ、食べる酒として発酵調味料「保つ味」を生み出した。
その後、穂積技術士事務所、ファーストトレーディング(株)を設立、海外での酒類、食品の開発を行い、酒類原料用の粗留アルコールや米粉調整品の開発輸入、フランス、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツなどでの外国焼酎の開発輸入、カリフォルニアでの清酒醸造などに道を開いた。
かたわら、消費者運動に参加し酒類の辛口評論を展開、級別規制の不合理性をつき級別制度を崩壊に導いた。現在、自家醸造推進連盟の運動に協力、酒造りの自由化を掲げ地ビールを開花させるため奮闘している。
穂積技術士事務所代表、酒類食品技術コンサルタント、日本酒サービス研究会酒匠研究会連合会最高顧問、日本マイクロブルーワーズ協会特別顧問など多数兼務。
(文責・岡安)