外食の潮流を読む(127)「やぶそば」女性二代目社長の今に生きる会社員時代の貴重な経験

2026.01.05 563号 14面

 杉並藪蕎麥(本社/東京都杉並区、代表/登坂薫)は「かんだやぶそば」で修業した、鬼澤勲氏(80歳)が設立した会社である。同店で7年間修業したのち、1966年にのれん分けを果たした。現在の代表、登坂薫さん(57歳)は鬼澤氏の長女で、2019年に代表に就いた。登坂さんは、自分が家業を継ぐものとは思っていなかったという。

 新卒で入社したのがリクルートで、入社してすぐに「飛び込み営業」の日々。初対面の経営者と会話をし、興味を引き出すための研鑽を重ねた。その後、テレマーケティングの部署に異動し、同社には7年間勤務した。

 同社を退社したのは、サッカーワールドカップ・フランス大会(1998年)のチケットが取れたことがきっかけだ。この滞在中に、新たなキャリアにつながる体験をした。ここでは、同世代の友人たちと一緒に過ごした。ディオール、ヴィトン、シャネル、カルティエと回り、夢見心地の日々であった。しかしながら、「ヴィトンだけは、高飛車な態度だった」という。

 約2カ月後に帰国。派遣会社から「ルイ・ヴィトン ジャパンが、電話対応の人材を求めている」と紹介され、面接へ。登坂さんは、入社希望の動機について、「フランスのルイ・ヴィトンで、最悪な接客を経験しました。これを、私なりにお役に立たせていただきたい…」と。そこで、面接官から「当社の電話には、そのようなクレームが来ますから。頑張ってください」と告げられて採用に。半年後、正式に社員として採用され、仕事の領域はグローバルに広がった。

 その後、パリの工房を訪問して、クラフトマンシップに感動。同社の真髄に触れていくにつれて、「伝統と革新」というイメージを抱くようになった。

 同社に10年以上勤めた頃から、家業より「うちに入らないか」と誘いを受けるようになったという。当時の業務が忙しく、登坂さんは小さな子ども2人を実家にあずけることが多くなっていた。そして、大きなプロジェクトが終了したタイミングで、2014年杉並藪蕎麥に入社した。

 登坂さんは本部業務を担当したが、前近代的な体制で、驚きの連続であった。そこで、大きな会社でサラリーマン経験をしてきた経験を生かし、労務の基本を、家業の会社に導入した。これによって、離職率は下がっていった。

 また、リクルート時代に鍛えられた「飛び込み営業」を武器に、18年1月赤坂サカスに「東京赤坂やぶそば」を、21年10月阪急うめだ本店に「やぶそば」をオープンした。登坂さんは、こう語る。

 「ルイ・ヴィトンで経験したことですが、職人にとって安心して仕事ができる環境をつくることで、職人はものすごくいいものを作ってくれます。これは、当社の場合も全く同様で、このような環境は彼らの幸せにつながります。それをキチンと叶えていきたい」。

 登板さんのさまざまなキャリアを積んできた経験が、現在の杉並藪蕎麥の経営に大いに生かされている。

 ◆ちば・てつゆき=柴田書店「月刊食堂」、商業界「飲食店経営」の元編集長。現在、フードサービス・ジャーナリストとして、取材・執筆・セミナー活動を展開。

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