米国ハンバーガー特集:成長続けるハンバーガー市場 根強い老舗、新興も続々
アメリカの食生活だけではなく、社会・文化のシンボルの一つでもあるハンバーガー。肥満訴訟でやり玉に挙がり、「体に悪い」というイメージをアメリカ社会に植え付けてしまったきらいもあるが、揺るぎなくアメリカ人の生活に根を下ろしている。新しいチェーンが増え続ける一方、より多くのレストランがメニューに加えつつある。そのシンプルさゆえに、いろいろと多様化できるハンバーガー。新しいトレンドも生まれつつある。(外海君子)
◆変わらぬ人気者
北京オリンピックで8つの金メダルを獲得したマイケル・フェルプス。翌日の記者会見で、「記録達成後は何よりも大きなチーズバーガーを食べたかった」と語っていたが、その言葉通り、大好物のダブル・チーズバーガーとポテトフライを食べにいったらしい。なにしろ、アメリカのオリンピック水泳選手のダイエットは、パスタやピザなど炭水化物を重点的に毎日1万から1万2000kcalを摂取するというカーボローディングダイエット。長くご法度だったハンバーガーの味は特別だったようだ。
シカゴのテクノミック社の研究調査によると、地域差はあるものの、アメリカ人の85%が月1度以上はハンバーガーを食べ、44%が週に少なくとも1回は食べているという。別のNPDグループ&データエッセンシャルの調査によると、2007年、ハンバーガーは、レストランで注文されたメニュー数の14%に及び、87億食が消費されたという。しかも依然とハンバーガーの売上げは右肩上がり。支持は衰えることなく、全米のほぼ半数のレストランが、ハンバーガーをメニューに組み込んでいるのだ。
◆年間消費87億食
しかし、アメリカ食のシンボルともいえるハンバーガーが王座を築くまでは、長い道のりがあった。『ハンバーガー・ある歴史』を執筆したジョッシュ・オザーキー氏によると、1916年、カンザス州で開業した「ホワイト・キャッスル」というアメリカ最古のハンバーガーチェーンの功績が始まりだという。
「ホワイト・キャッスル」は、現在もアメリカ各地に380の店を持ち、年間5億食のハンバーガーを販売している。オザーキー氏は、「ホワイト・キャッスルの功績はハンバーガー用のロールパンを使ったこと。バンズはサンドイッチと異なるアイデンティティーを与えた」とし、「味やサービスの統一というファストフードの基礎となる効率的生産システムを開発し、マクドナルドが追随した」という。ちなみに、ハンバーガーに欠かせないフライドポテトは第二次大戦中、食肉が不足しがちになったときに生まれ、戦後に定着したのだとか。
現在、アメリカのハンバーガーチェーン市場では、「マクドナルド」「バーガーキング」「ウエンディーズ」の三大ブランドで75%のシェアを占める。日本でハンバーガーといえば、普及のけん引役がチェーン企業だったので、ファストフードと思われがちだが、アメリカではチェーンが席巻する前からハンバーガーは定着しており、いまもアメリカ各地に「バーガー・ジョイント」(簡易食堂)と呼ばれる老舗が多数残っている。それらは伝統を受け継ぎ個性的なハンバーガーを作り続け、地元の人々に愛されている。
◆共通のこだわり 生パティと手作り
アメリカで最初にハンバーガーを作ったとされる店の一つが、コネチカット州ニューへブンにある「ルイス・ランチ」だ。1895年に生まれた店で、現在4代目が経営している。自らパティを作り、格子網に挟み、アンティークなグリルに縦に入れて焼いている。創業以来、トーストした食パンにパティとトマトとレタスを挟み、2つに切って出している。ケチャップは、多くの老舗がそうなのだが、「味を台無しにしてしまう」としてご法度だ。
同じくコネチカット州のメリデンにある「テッヅ・レストラン」は1959年創業で、ここではミンチを小さなステンレスのトレーに詰め込み、特別なスチーマーを使って蒸している。チーズもやはりトレーに入れて蒸し、パティやトマト、レタスと一緒に挟む。余分な脂肪分が落ちるのでヘルシーだという。肉は細かくひきすぎると硬くなるので、やや粗めにひいている。
1912年創業、テネシー州のメンフィスにある「ダイアーズ・バーガーズ」は、4分の1ポンド(約113g)のミンチをたたいて平たいパティとし、たっぷりの油で揚げる。チーズバーガーの場合は、油からすくい出したパティの上にチーズをのせ、再び油にくぐらせてチーズを溶かしてからバンズに挟む。言うまでもなく油っぽいハンバーガーができる。しかも、この揚げ油は創業当初から一度も取り換えず、こして継ぎ足してきているので、「1912年の油の分子が残っているはずだ」とオーナーは言い切る。1997年に店を移転した際には、メンフィス市長がパトカーで護送させたというほど特別な油なのだ。いまなお連日300~400個を販売し、まもなく創業100年を迎えるというから、オーナーの言う通り「何かが機能している」のだろう。
また、ウイスコンシン州のミルウォーキーにある1936年創業の「ソリーズ・グリル」には、「バター・バーガー」という名物がある。「愛とバターを込めて作る」というのがスローガンで、パティの上に巨大なバターの塊をのせる。週に60~80kgのバターを使用しているという。バター・バーガーを食べるコツは、バターが溶けきらないうちに急いで食べること。二十数席しかない小さな店だが、平日は250~400個、週末は約500個のバター・バーガーが売れる。中には1930年代から通い続けている顧客もいるという、やはり地元から愛されているバーガー・ジョイントだ。
ハンバーガーは、決して画一的な食べ物ではなく、個々の店によって大きな違いがあり、また地域性も反映される。バター・バーガーは酪農業の盛んなウイスコンシン州であるからこそ生まれたハンバーガーだ。ニューメキシコ州のサンタフェにある1953年創業の「ボブキャット・バイト」は、州特産の青唐辛子をたっぷり使った「グリーンチリ・バーガー」で有名だ。週に40kg近い唐辛子を使うという。
これら老舗のバーガー・ジョイントは、冷凍のパティでなく、生のひき肉を使った手作りという点で共通している。素材品質と手作りにこだわり、画一的なファストフードとは一線を画す老舗のバーガー・ジョイントは、地元で不動の人気を誇っている。
シカゴで1934年に創業した「ビリー・ゴート」は、ガード下の悪立地にもかかわらず、シカゴを訪れる場合はぜひ行ってみたい場所の一つに挙げられており、年間30万枚のパティを焼くほどの人気だ(※ダブル、トリプルがあるので30万食とはいえない)。
◆新興バーガー台頭 お客の希望を優先するオーダーメード
現在、アメリカでは、ハンバーガーの新興チェーンやハンバーガーに特化したレストランが次々に登場している。「ファイブ・ガイズ」「ニューヨーク・バーガー・カンパニー」「グッド・バーガー」などは、既存のファストフード店よりもやや値が張るが、より高級志向のハンバーガーを提供して人気を得ている。
たとえば、ワシントン郊外のアーリントンに誕生し、いまや25州で300店以上を展開している「ファイブ・ガイズ」では、フライドオニオン、マッシュルームのソテー、トマト、ピーマンなどのトッピングはすべて無料で、好みに応じて作ってくれる。冷凍庫がなく冷凍食材を使っていないのも売りだ。
「グッド・バーガー」ではお客の好みに合わせて、ミディアム、レアー、ウェルダンなど焼き方を加減してくれる。ブリオッシュ、イングリッシュ・マフィン、カイザーロールなど、挟むバンズを選べる店もある。
新興店の多くは、(1)シャキッとしたレタス(2)新鮮なトマトの分厚いスライス(3)冷凍肉ではなく生ミンチで作ったジューシーなパティ(4)ふかふかのパン、などの基本路線を忠実に守り集客を伸ばしている。一方、健康ブームにあやかって、オーガニック・ビーフを使ったハンバーガーや大豆原料の肉なしバーガーを提供する店、ハラペーニョ、アボカド、マッシュルームなど、従来にない具を活用した個性的な店も登場してきている。
また、スタイリッシュなコンセプトも現れている。たとえば「ポップ・バーガー」は、小ぶりのバーガーが2個対で5ドルという安さ。最近は「スライダー」とも呼ばれるおしゃれなミニ・バーガーが人気だ。店舗も従来のダイナーやバーガー・ジョイントとは相反するモダンな雰囲気を打ち出している。
スーパー・シェフのボビー・フレイは、アップスケールなハンバーガー・チェーンである「ボビーズ・バーガー・パレス」の第1号店を開業した。アメリカ各地の特徴を表現した10種類のハンバーガーをラインアップしている。
七面鳥や鶏のむね肉を使ったパティに替えることもできれば、ダイエットをしている人にはバンズの代わりにレタスで挟むという配慮まで行っている。それでいて6ドル50セント~7ドル50セントというお値打ち価格だ。
◆グルメ・バーガーも台頭
一方、ハンバーガーの手軽なイメージを払拭する超グルメ・バーガーも台頭してきている。その先鋭とされるのが、フランス料理の有名シェフ、ダニエル・ブールーが始めた「DBバーガー」だ。使っているのはサーロインのひき肉で、赤ワインで蒸し煮にしたショート・リブ、フォアグラ、トリュフ、トマトのコンフィなどと合わせて焼き、パルメザンとケシの実をかけて焼いたホームメードのバンに挟んだグルメ・バーガーだ。ランチタイムはフライドポテト、ディナータイムはポテトのスフレが付いて32ドル。意外に安いともいえる。ちなみに、12月末~3月末の黒トリュフのシーズン中は「DBバーガー・ロイヤル」なる特別メニューが登場するが、こちらは75ドル。黒トリュフの量をダブルにすると150ドル。「1ポンド350ドルもする“黒いダイヤ”ともいわれるペリゴール・トリュフを使ったハンバーガーなので、むしろリーズナブルだ」と広報担当者。
「ウォールストリート・バーガーショップ」では、ブリオッシュに神戸牛のパティ、黒トリュフ、フォアグラ、グリュイエルチーズなどを挟み、金箔をちりばめた「リチャード・ヌーボーバーガー」を175ドルで提供している。
グルメ・バーガーは、当初は驚きで迎えられたものの、和牛を使った高級バーガーが多くのレストランで出されるようになり、いまや30ドル、40ドル、50ドル台の高額なハンバーガーも話題に上ることはなくなった。
◆愛され続け業態多角化
ハンバーガーは、ミンチ肉をバンズで挟んだというシンプルさ、車社会のアメリカで運転しながらでも食べられる便利さ、多様な嗜好に合わせられる可能性など、さまざまな要素が相まって、年月をかけ、アメリカの食生活にしっかり根を下ろしてきた。
ファストフードの廉価で画一的なハンバーガー、老舗のバーガー・ジョイントやダイナーの正統派バーガー、質を追求しながらもリーズナブルなファストカジュアル系バーガー、大豆素材バーガー、オーガニックバーガーなどのニュートレンド、高級レストランのグルメバーガーなど、これほど範囲の広く、そして多様なニーズに対応できる食べ物は数少ない。スタンダード性が生む安心感、新しいものにチャレンジする楽しみ。シチュエーションによって食べ分けも可能だ。これからも、さまざまな試みが続けられながら、ハンバーガーはいろいろな道をたどって成長していくだろうが、いつまでも愛されるアメリカの食べ物であり続けるのは間違いない。