外食最前線:和(ニッポン)カレーの可能性
カレーはインド発祥の料理だが日本の国民食として定着し、「もう一つの日本料理」といっていいほどに独自の進化を遂げている。そして、外食のカレーもカテゴリーがますます多様化しているが、今号では和の素材を組み合わせたカレーの新潮流に注目した。和だしをベースにしたカレーというと、昔ながらの「そば屋のカレー」や関西発祥のスパイスカレーの系譜である「だしカレー」が思い浮かぶが、これらとはまた少し異なるタイプの、和の魅力を強調した「和カレー」が今、面白い。和素材を巧みに合わせ、新しい魅力を放っている人気のカレーを探った。
◆温故知新のカツカレー「変わらない」が新しい
“新潮流”というには少し語弊がある大正10年創業の豚カツの名店。一番人気の「とん丼」は、看板の「昔ながらのあたらしい味」という文言そのもので、長く愛されてきた一品ながら妙に新しいニッポンのカツカレーである。「(創業者の)親父が『他と同じでは面白くない』というタイプで、独自の世界観で完成させた」と、来住野正明店主。「とん丼」のカレーは「手に入るスパイスが少なかった時代に、ある食材で工夫を重ねた。焼酎漬けのニンニク、焼きリンゴなどを使っている」(来住野店主)と先代の味を守り、深みがあるのにどこか懐かしい印象的な味わいだ。
豚カツは、脂身を適度に残したロース肉約150gをたたいて延ばし、巻くようにして揚げている。外はカリッ、中は軟らかく、カレーと合わせて食べるのがもったいなく感じてしまうほど。そして、強烈な魅力を放っているのが、このビジュアルだろう。器は受け皿と丼がくっついた一体型の特注で、豚カツを立体的に盛り付けると粋な風情が漂う。「店がここまで長く続いているのは、変わらなかったから。時代ごとに味の流行があり、心が揺れたこともある。でも、うちの味を求める常連さんに支えられているのだから、変わらないことも大事」という来住野店主の言葉が何とも深い。
●店舗情報
「王ろじ(おうろじ)」 東京都新宿区新宿3-17-21
「とん汁」 550円(税込み)
注文が入ったら豚ばらベーコンと玉ネギを炒め、麹味噌で仕上げている。ホッとする豚汁ながら、おなじみの豚汁とは少し異なりどこか粋で洋風の味わい
「とん丼」 1,250円(税込み)
自慢の豚カツをのせたカツカレー。日販100食を超える名物。100年以上前に先代の店主が考案したという、特注の器に盛り付けたこのビジュアルが今も不思議に新しい。「和のカレーは丼で提供すべし」と思わせる説得力に満ちたこの魅力!
◆“東京だしカレー”を提案 日本人の口に合うだしの魅力
同店は「東京だしカレー」とネーミングし、和だしベースの「日本人のためのカレー」を提供している。「アンダーソンチキンカレー」は、鰹節、煮干し、昆布などの和だしに鶏がら、煮込んだ野菜などを合わせて八丁味噌を加えた日本人の口になじむスパイスカレーだ。さらに月替わりの「キーマカレー」と、季節の「気まぐれカレー」の3タイプを展開。下村祐太オーナーいわく「鶏がらや豚骨、魚介など“素材のうまみそのもの”をだしととらえている」として、さまざまな食材から取ったうまみの主張が強いカレーを目指しており、取材当日の「キーマカレー」は中華風、「気まぐれカレー」はシラス、実山椒を合わせて和風に振り切った一品を提供していた。「だしのうまみで構成したカレーは、日本人の味覚にすっとなじむ」と、下村オーナー。スパイスカレー特有の盛り付けの美しさも特徴的で「だし感の強い日本のカレーというと、“そば屋のカレー”がやはり人気が高い。同様の和だしカレーで挑戦するならビジュアルの美しさは必須」と、下村オーナーは語っている。
●店舗情報
「〓哩(カリー)アンダーソン」 東京都港区三田3-14-1 三田314 1階
「季節の気まぐれカレー(しらすと実山椒とあおさのカレー)」 1,200円(税込み)
実山椒を使ったカツオだしベースの和風魚介カレー
「アンダーソンチキンカレー」 1,200円(税込み)
鶏がらとカツオ、煮干し、昆布の和風だしを合わせた同店の看板メニュー
◆和だしの主張が印象的 やさしいニッポンの味
“白米に合う新しい日本のカレーライス”を打ち出し、「他のどのカレーとも違う初めて食べる味!」と、女性客を中心に評判を呼んでいる。同店の和だしカレーは、油脂、小麦粉、人工的な添加物は使用せず、鰹節、昆布、干し椎茸のだしをベースに味噌、醤油、淡路島産玉ネギなどを合わせ、素材の味を生かすために敢えて煮込まない。日本料理に近い手法で仕上げているのだ。
同店の下田亮店主はイタリア料理店を20年以上展開しており、新しく別業態の立ち上げを思い立った際「外食店のカレーはパンチがあって重いものが多い。毎日でも食べられる味噌汁のようなカレーを提供したい、と考えた」と言う。実際、同店の和だしカレーはサラサラとしていてカレーらしい風味とほんのりとした甘さがあり、まさに味噌汁のようなやさしいカレー。パウダー状にした和だしをそのまま加えていることからだし感が強く、ニッポン的なおいしさが特徴的だ。さらには削り節とごまのトッピングも秀逸で、“カレー×和素材”の好相性に気づかされる。辛さを増すための調味料として用意された、七味唐辛子とショウガを合わせた同店特製「八味」もニッポン的だ。
●店舗情報
「香令屋(かれいや)」 東京都町田市原町田6-7-14 3階
「サバカレー」 850円(税込み)
一番人気で来店客の約3分の1が注文するという。圧力鍋で骨まで食べられるほど軟らかく煮込んだ鯖が抜群に合うのは、和だしを前面に打ち出したカレーならでは
◆「新スパイス欧風カレー」「クラフト欧風カレー」がアツい!
一方、カレー総合研究所では2024年のカレートレンドとして「新スパイス欧風カレー」と「クラフト欧風カレー」のブームを予測している。同研究所の定義によると「新スパイス欧風カレー」は、マイルドでクラシカルな欧風カレーにスパイス感を最大限に高めた、欧風カレーとスパイス系カレーの双方の魅力を兼ね備えたカレー。「クラフト欧風カレー」は、カレー職人が個性的なスパイスを使い、工芸品のように作り上げるカレーのこと。
17年ごろからスパイスカレーが大阪を中心にブームとなり、その後、揺り戻しのように新欧風カレーが脚光を浴びた後、23年には双方の良い部分をミックスした「スパイス欧風カレー」が人気を呼んだ。その流れで、今年はさらに質を追求した職人技が光るカレーが注目を集める、と同研究所ではにらんでいる。
工芸品のように磨き上げた「欧風カレー」がカレーのトレンドを牽引
カレー総合研究所 http://www.currysoken.jp/
◆22年12月号「メニュートレンド」より~ 「カレー×海苔」の発想
東京・大森の「昼飯屋」が提供している「海苔カレー」も興味深い。同店の「海苔カレー」は鰹節、鯖節、昆布でだしを取り、味噌、醤油、塩麹など“和尽くし”で調味。そして、“家系ラーメン”風に、焼き海苔をトッピングしている発想がなかなかユニークだ。同店がある東京・大森は海苔養殖の発祥の地で知られ、「地元の名産品を使った名物メニューを」と考案したという。
海苔だけでなく、漬物、乾物など日本の伝統的な食材をカレーのトッピングに活用するアイデアは、個性的な“ニッポンカレー”の演出に有効ではないだろうか。
「海苔カレー」1,100円(税込み)
焼き海苔を家系ラーメン風に添えた盛り付けが面白い ※22年10月の取材時点の価格