2003年の外食トレンド動向 いま問われる商品の質と満足度 入江直之氏

2003.02.03 265号 2面

昨年末のヒット商品番付を見るまでもなく、二〇〇二年の外食業界の風雲児は「うどん」と「おにぎり」であった。そして、大晦日には夕方から深夜まで、全国のラーメン店を約五時間近くにわたって生中継をまじえて紹介する特別番組が放映され、紅白歌合戦や格闘技などの高視聴率番組の裏であるにもかかわらず、まずまずの視聴率を確保したという。こうした状況を見て、この不景気の最中にも、外食業界は依然好調であるととらえる向きもあるが、現実には、外食市場における既存店ベースの売上高は低迷を続け、ごく一部の繁盛店を除いて、前年比を割り込んでいる飲食店が圧倒的多数であるというのが現実だ。

そもそも、総じて「外食」と呼んではいるが、実は外食には大きく分けてふたつの分野のマーケットがある。

ひとつは、「日常食」を提供する場としての外食市場であり、もうひとつは「非日常食=嗜好食」としての外食市場である。

日常食としての外食とは、一日三回の食事を摂るべき時間に、仕事など何らかの理由で外食する必要があり飲食店を利用するというニーズであり、このマーケットにおいては外食の機能性やコンビニエンス性が重視され、かつ、あらかじめ決められた予算の範囲内で、どれだけ充実した「食事」ができるかがポイントになる。つまり、価格に比較した「商品の質」が最も重要な要素であるということだ。

それに対して、非日常食のマーケットとは、例えば男女のカップルがデートに利用するなど、外食という行為それ自体をレジャーのように楽しむために飲食店を利用するというニーズであり、このマーケットにおいては「商品の質」もさることながら、利用する店舗の中で、どれだけ「満足度の高い時間」を過ごすことができるか、というトータルな価値観が重要な要素を占める。

外食のマーケットは、このふたつの分野が混然一体となって存在しているのである。

ここ数年、わが国の景気が相変わらず迷走しているにもかかわらず、外食分野において比較的客単価の高い飲食店が繁盛する傾向にあったのは、旅行やアウトドアスポーツなどといった、一回あたり数万円~数十万円の支出と長い時間が必要となる高額なレジャーに比べて、こうした「非日常食」の分野での外食が、圧倒的に簡易で安上がりなレジャーであったためである。

したがって、客単価二〇〇〇円台の居酒屋チェーンの売上げが低迷しながら三〇〇〇円台後半の創作和食居酒屋に予約が殺到し、行列ができるといった状況は、決して、わが国の豊かさを象徴する現象ではなく、逆に、財布の中身を気にしながら、少しでも満足できる余暇時間の楽しみ方を探し求める多くの人々が、月三回の外食機会を二回に減らしてでも、ポケットマネーをはたいて、より満足度の高い飲食店に集中した結果といえるのだろう。

そしてそれは、一個二五〇円以上もする「デパ地下おにぎり」が飛ぶように売れ、八〇〇~九〇〇円といった「こだわり食材のラーメン専門店」に行列ができることとまったく同じ理由によるものだ。

むしろ、こうした本来は日常食であった「おにぎり」や「ラーメン」といった分野にまで「こだわりグルメ」志向が広がったということは、わが国の多くの人々が、この先の経済状況にいっそうの不安を抱き、よりささやかな楽しみで満足するようになったということを意味しているに違いない。

そうした現状を踏まえて、今年二〇〇三年の外食市場におけるヒット業態のキーワードは何かと考えたとき、それは、この「日常食」の分野にあるのではないかと考えられる。

恐らく、今年のわが国は、政治のリーダーシップ不在の中で、さらに混迷の度合いを深める経済状況を敏感に察知した多くの国民が、いっそう財布のヒモを堅く締めるという事態に陥っていくに違いない。そうした中で、付加価値の高い雰囲気やサービスを提供するために、高い客単価を必要とする「非日常型飲食店」の多くは、ジリジリとじり貧になっていくと考えられる。

首都圏や関西圏などの都市部では、これからも有名デザイナーなどがプロデュースする最新トレンド型の飲食店や商業施設の飲食フロアなどが生み出されることだろうが、そうした店舗の多くは、開店当初こそ話題性の高い身近なレジャーとして多くのお客を集めたとしても、その「繁盛寿命」は八〇年代のバブル期よりも、さらに短くなる可能性すらある。なぜならば、こうしたハードウエアに多くの投資を行った店舗が要求する客単価を支払い続けられる顧客の絶対数は、日増しに少なくなっていくからだ。

そして、そうした中で脚光を浴びてくるのは、「日常食」の分野で、これまでよりも、もっと大きな満足度を与えてくれる飲食店の存在となるに違いない。

前述のように、昨年の外食ヒット商品のひとつは「おにぎり」であったが、周知の通り、商品としての「おにぎり」自体は、外食業界が注目するはるか以前から、コンビニエンスストアでの主力商品のひとつであった。

しかし、これまでコンビニで売られていた「おにぎり」とは、あくまで「日常食」の範囲内だったのである。

これに対して、現在、外食業界が消費者に提案している「おにぎり」とは、そこから一歩「非日常食」に近づいた「嗜好品おにぎり」、つまり「どこにでもあるコンビニ」で買うのではなく、「わざわざその店へ行って買い求める特別な『おにぎり』」である。こうした、「日常食」の分野でありながら大きく満足度を高められた「非日常的おにぎり」商品という提案に消費者は素早く反応したのだ。

「おにぎり専門店」では、女性客が「店内イートインでおにぎりと日本茶を注文する」という現象が起こり、デパ地下と呼ばれる百貨店の地下食品売場では、コンビニのおにぎりの二倍以上の価格である一個二〇〇円以上のおにぎりが飛ぶように売れはじめた。そして、すぐにその変化に気づいたコンビニ業界が、同じような価格帯の「こだわりのおにぎり」を売場に並べはじめたのである。

これは、数年前から、わが国では最も広く食されていると思われる「インスタントラーメン」「カップ麺」という日常食の分野においても、「有名ラーメン専門店のこだわりラーメン」のブランドがゴンドラのゴールデンゾーンに並ぶようになった経緯とよく似ている。本来「日常食」の分野に入っていたはずのラーメンという商品が、いつのまにか大晦日のテレビ特番で長時間取り上げられる「グルメ商品」に変化したのと同じ構造から生まれた現象なのである。

そして、昨年あたりから大きくブレークして話題となった業態には、かつての定食屋のスタイルを現代風にリメークした「大戸屋」が挙げられる。さらに大衆居酒屋の大手チェーン「ワタミ」が、次世代のチェーン展開業態として出店を進めている「ゴハン」、そしてフレッシュネスバーガーの和食業態「おはち」など、こうした昨年の話題の業態が、みな、わが国の代表的な「日常食」である「ごはん=米飯」をテーマにしていることは単なる偶然ではないだろう。

また、わが国になくてはならない「食材」でありながら、まだ手つかずの分野である「そば」も重要なテーマとなるだろう。もともとはジャンクフードに近い料理であった「ラーメン」がここまで進化したのに比べ、「そば」業界は、余りにも低レベルである。五〇〇円以下のワンコインで食べることができるとはいえ、街中の「立ち食いそば」は、現在も、まともな「食事」としての評価を受けるレベルに達していない。

このように、「日常食」の分野には、まだまだ手つかずになっている未開拓のマーケットが数多く存在している。そして、その分野で、ユーザーの立場に立ってトータルな飲食環境の満足度をほんの少しだけでも改善することができれば、そのマーケットでの主導権を握ることは不可能ではないのだ。

バブル期以後、絶滅した業種と思われていた「喫茶店」のマーケットを、アッという間にスターバックスが席巻してしまったように。

喫茶といえば、日本人の「日常食」には欠かすことのできない「日本茶」もまた、その位置づけを見直される時期に来ているといえるだろう。

外食業界の人々の多くは、「日本茶」は料金を取って売ることができない、という先入観にとらわれている。しかし、すでに自動販売機で、そしてコンビニで、日本茶は大量に購入されているのだ。「コーヒーと日本茶は違う。日本茶は家庭でただで飲むものだと皆思っている」というのもしばしば耳にする言葉だが、これも良く考えれば、単なる思い込みに過ぎないことはすぐにわかる。

なぜなら、わが国がコーヒーの一大消費国となった見本である米国でも、家庭では、当たり前のようにコーヒーメーカーで毎日コーヒーをいれて飲んでいるのである。しかし、同時に、米国ではハンバーガーチェーンなどのファストフード(FFS)店で、大量のコーヒーが販売されているのだから。

既存業態の分野から見れば、例えば、売上げが低迷するマクドナルドは、なぜ人気を落としはじめたのか。

これまで顧客は、決してマクドナルドが、どこよりもおいしいハンバーガーを提供すると感じて評価してきたのではない。圧倒的大多数のユーザーがマクドナルドに求めていたのは「日常食であるハンバーガーを食べる店としてのマクドナルドにおけるトータルな満足度」であった。それは「ある一定以上のきわめて精度の高い商品レベルの維持」であったり、「接客サービスにおける信頼感」であったり、「子供連れでも大丈夫な店内の安心感」「常にメンテナンスされた清潔感」などであったはずだ。

しかし、マクドナルド社は、そうした顧客のニーズを、サテライト出店という戦略ですべて裏切ってしまった。

安価で簡易な日常食でありながら、トータルな飲食環境のクオリティーの高さで利用されていたマクドナルドは、サテライト出店によって、自らを単なる「ハンバーガー売場」にしてしまったのである。

このように、二〇〇三年は、これまでのような「新しい売れる商材」を見つけ出すといった考え方では、大きな成功を得ることは難しい時代の始まりとなることだろう。

従来の外食業界の常識を捨てて、まったく別な角度から外食という枠組みをとらえ直し、古い器に新しい酒を盛ることができる企業だけが、これからの業界を背負って立つことができるようになるのではないだろうか。

(商業環境研究所所長 入江直之)

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら