この1品が客を呼ぶ:「ラ・ベルエキップ」カスレ
「フランス料理」とひと言でいってもそのスタイルはシェフによって千差万別。そんな中、クラシックやヌーヴェルキュイジーヌというジャンルの枠を超え、その土地の素材を重視したフランスの地方料理が愛好家の間でうけているという。南仏の煮込み料理「カスレ」に博多の豚足を使った本店とっておきのメニューとはどんなものだろう。
福岡の西部・西新商店街の一角に小ぢんまりとたたずむ赤い屋根のフレンチレストラン。「ラ・ベルエキップ」(良き仲間)という名のとおり、ここには昼夜問わず女性客を中心にフレンチに目のない仲間たちが集う。中でも愛好家たちのお目当てはフランスの地方料理「カスレ」(三〇〇〇円)。カスレとは南仏のごく一般的な家庭料理で、白インゲン豆、肉類、野菜を一晩煮て、ソーセージやカモ肉とともにオーブンで焼き上げる、まさに「フランス版おふくろの味」ともいえる料理だ。
そのおふくろの味とオーナーシェフの杉野裕一さんが出合ったのは、修業時代に勤めた東京のフランス料理店「パッション」。そこの看板メニューがオーナーシェフであるアンドレ・パッション氏の郷土料理「カスレ」だった。杉野さんはカスレの深みのある温かな味わいに感銘を受け、昨年オープンした自分の店では地元博多の豚足を使ってパッションのカスレを再現した。
「パッションでは料理の基礎から、サービス、クラシックな料理にヌーベルキュイジーヌまでを一通り学びました。それでわかったことは、新旧のこだわりでなく、素材の力を引き出せるシンプルなフレンチに挑戦していきたいということ。もともと、カスレには豚足も使うことは使うんですが、南仏のカスレと日本の南・九州の豚足を組み合わせてみたら、南の素材同士、これがさらに相性ぴったりだったんですよ」
時にカスレもお目見えするランチやディナーのコースは、新旧どちらの料理をもチョイスできるプリフィックススタイル。ハトやキジ、魚など季節の素材を常に重視し、フランスの食文化をきちんと伝えている。
「フランス料理の敷居は高くない、というか高くしたくないですね。これまでの経験や知識をフルに生かして作り手も食べ手も肩の力を抜いて楽しめる、それがうちの基本姿勢です」
カスレは南仏ラングドック地方の郷土料理で、トゥールーズ、カルカッソンヌ、カステルノダソーと地域によって味付けが微妙に異なるという。肉は塩漬けの豚肉、ベーコン、ソーセージ、羊や豚の肉、ガチョウのコンフィなどを使用。杉野さんのカスレは、スペイン寄りの街・カルカッソンヌのカスレがベースで、トマトを加えるのが特徴。それにラングドック地方タルブの白インゲン豆と博多の豚足を使う。
「フレンチといっても、フランス人が家でごく普通に食べている料理であって、決してかしこまったものじゃない。日本の家庭料理と同じですね」
作り方は、まず豚足を四~六時間コトコト煮込み、小骨を残らず丁寧に取り出す。次に丸一日水につけてもどしておいた白インゲン豆をゆでてアクを取ったら大鍋に移し、豚足、みじん切りにしてソテーしておいた玉ネギ、ニンジン、香り付けのセロリを加える。それに豚の頭や皮を炒めたものを混ぜ、豚足の煮汁、トマト、塩コショウ、ハーブを入れる。しばらくしてセロリを取り除いた後、ゆっくりと火を入れ、白インゲン豆が溶けないように全体の味を見ながらじっくりと煮込む。煮込んだ具を皿に注ぎ、カモのコンフィとソーセージをトッピングし、オーブンで約一時間。豚足のゼラチン質が軟らかくなったら出来上がり。杉野さんは、それをさらに一日なじませた上で客にサーブする。見た目の豪快さとは裏腹に繊細な過程が味に深みをもたせている逸品だ。
◆「La Belle Equipe」(ラ・ベルエキップ)=福岡市早良区西新一‐七‐二七、電話092・823・0210/坪数席数=二五坪二六席/営業時間=午前11時30分~午後2時(ランチタイム)、2時~4時(ティータイム)、4時~10時30分(ディナータイム)
◆こだわりの食材 フランス産・白インゲン豆
カスレを作る上で、一番の要となるのがこのツヤツヤとした輝きを放つ白インゲン豆。その土地の食材を少しでも取り入れて味を再現したいと、杉野さんはラングドック地方のタルブのものを輸入するこだわりだ。
「フランス産の白インゲン豆は煮くずれせずにちゃんと形が残るのが特徴。やはり郷土料理というものは、その土地の素材があってこそ成り立つものです」
確かに口に入れると程よく軟らかくなった白インゲン豆の歯ごたえがいい。豚足の脂っこさを軽くしてくれるのも豆の素朴な甘みのおかげなのだ。
◆記者席からのコメント
焼き上がったカスレをオーブンから取り出す瞬間から香ばしいにおいが食欲をそそる。キツネ色にこんがりと仕上がった焼き色に感嘆しながら、スプーンでざっくりとすくって口に運ぶ。豚足のトロトロしたゼラチン質と甘く歯ごたえのある白インゲン豆の食感がたまらない。南の料理には南のワインとの店主の勧めに、ラングドック地方の赤ワイン・ミネルボワを口に含む。脂っこく重たいカスレと、太陽の光を浴びた証拠である酸味とタンニンによる渋みが中和して、ワインを飲む前とはまた別の深みある味わいが楽しめた。