近代メニューのルーツ(6)親子丼編 東京・軍鶏料理「玉ひで」

2003.07.07 270号 15面

丼メニューのなかでも長い歴史をもつのが親子丼だ。現在の親子丼は鶏だけでなく長ネギを使ったもの、上から海苔のかけてあるものなどバリエーションが豊富だが、そのルーツはいたってシンプルだ。親子丼の元祖として知られる東京・人形町の軍鶏料理専門店「玉ひで」で、その誕生のエピソードを聞いた。

玉ひでの創業は宝暦10(一七六〇)年、将軍家御鷹匠(おたかじょう)の職に奉じていた山田鐵衞門(やまだ・てつえもん)氏が、妻のたまさんと共に現在の人形町三丁目に軍鶏専門店「玉鐵」(たまてつ・たまと鐵衞門に由来)を興したのがはじまりだ。

将軍家御鷹匠仕事(おたかじょうしごと)とは、将軍家の御前にて鶏を切る厳儀に由来する格式高い包丁さばきのこと。同家に伝わるのは、「放血せずに〆た鳥を、血を見せることなくただちに骨と身に分け、肉に手を触れずに薄く切る練達の秘法」だ。

そのため玉鐵は特定の顧客しか出入りができない高級鶏鍋料理店だった。

明治16年には五代目・山田秀吉氏が現在の営業地に開業。秀吉氏が「玉鐵の秀さん」と呼ばれていたことから後に店名も玉ひでとなったという。

親子丼を創案したのは秀吉氏の妻・とくさんだ。

この店では、鶏鍋料理の最後は客に、割下の残りを卵でとじて、ご飯のおかずとして食べてもらっていたという。

ところが明治24年のある日のこと、とくさんが常連客から「卵でとじた割下とご飯が別々では食べにくい。ご飯の上にそのままかけて欲しい」と頼まれた。

これをヒントに、とくさんが考えたのが「親子丼」だったという。

しかし当時は「汁をかけ飯」を出すと、老舗である店の格が下がると考えられ、親子丼は出前だけのメニューだった。

その評判は口コミで兜町や日本橋などの近隣の町へ、さらには全国に広まっていったという。

玉ひでには、こんな逸話も残っている。

明治の中ごろには、出されたものをすべて食べないのが粋とされており、鍋料理でも客が最後に肉を追加注文し、少しはしをつけただけで席を立つということがあった。当時、玉ひでの親子丼に使われていた鶏肉は鳥鍋に使うのと同じもの。職人が腕をふるい薄くソギ切りにしたものだった。

ところがあるとき同業者から親子丼の肉は「鍋の残りものを使っている」と中傷された。それ以来、親子丼にはブツ切り肉を、鶏鍋には従来の切り方をした鶏肉を使うようにした。

このとき職人のなかに「鶏をただブツ切りにしたら、親子丼は他店ですぐにまねされる」と反対した人がいた。その後、他店が親子丼を売るようになったときに、その職人から「言ったとおりになった」と言われたという。

しかし、他店が親子丼を始めても元祖・親子丼の人気は衰えることはなく、昭和54年からは客の要望にこたえて店での販売を開始。現在でも毎日昼には「元祖」の味を求めてくる客で店の前に長蛇の列ができるほどの「名物メニュー」となっている。

◆店舗メモ

玉ひで/所在地=東京都中央区日本橋人形町一‐一七‐一〇、電話03・3668・7651/営業時間=昼・午前11時30分~午後1時(親子丼)、午前11時30分~午後2時(コース料理)、夜・午後5時~10時(土曜は4時~9時)、日曜祝日定休/席数=一四〇席/主要メニュー=親子丼(八〇〇円)、たたき親子丼(一〇〇〇円)、もつ入り親子丼(一二〇〇円)、コース料理(四〇〇〇円~)ほか。

◆店主のコメント 玉ひで8代目 山田耕之亮さん

新しいメニューができるのには必然性がなくてはなりません。

数ある丼メニューのなかでも、親子丼は唯一、ご飯と具を別々にすると食べにくいものです。当店で、割下を卵とじにしたおかずから親子丼が考案されたのには「食べにくいものを食べやすく」という明確な理由があったのだと思います。秘伝の割下をもとに鶏と卵だけを使った元祖・親子丼をぜひ一度食べにいらしてください。

◆一口メモ

大阪では明治36(一九〇三)年の第五回内閣勧業博覧会で鳥料理店「鶏菊」が来場客用の食事用として親子丼を出したのが最初だといわれている。

◆この食材を愛用しています

◇タカラ 丸もち味醂1.8リットル

玉ひでの親子丼には上品な甘さがある。その甘さのベースになっているのが、宝酒造(株)の「タカラ 丸もち味醂一・八リットル」。掛米にもち米一〇〇%を使用し、じっくり熟成させた本みりんの逸品。糖類無添加で、より上品な甘みをもつのが特徴だ。この店での本品の使用量は、一日三〇リットル以上にものぼるという。まさに、元祖・親子丼の味には欠くことのできないみりんである。

○宝酒造(株)(京都市下京区四条通烏丸東入長刀鉾町二〇、電話075・241・5111)

◇ヒゲタしょうゆ 本膳

みりんと同様、元祖・親子丼の味に欠かせないのがヒゲタ醤油(株)の高級割烹しょうゆ「本膳」だ。厳選された原料を豊富に用いて、独自の製法で仕込んだ超特選醤油で、蔵出しそのままの醤油本来の風味と、普通の醤油に比べて二割以上多いうまみ成分をもつ。色、味、香りのバランスも整ったヒゲタ醤油(株)のシンボルの醤油だ。まさに「食材は最高級品を使う」という玉ひでが選んだ逸品である。

○ヒゲタ醤油(株)(東京都中央区日本橋小網町二‐三、電話03・3669・1441)

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