野菜特集:「野菜を語る」見直される有機・無農薬
健康志向を背景に、野菜についての関心は深まるばかり。有機食品検査認証制度制定の動きもある中、有機・無農薬野菜はどんな野菜か。使い手が求める「安全・安心・おいしい野菜」はどんな野菜か。栽培ステージの違う土耕栽培と水耕栽培の生産者に料理人を交え、お互いの思いを語ってもらう。
村井邦彦氏
◆むらい・くにひこ=昭和17年愛知県生まれ。稲沢高校卒業後、師につき礫耕栽培を研修、また独自に水耕栽培を研究。46年M式水耕研究所を設立。平成11年日本植物工場普及振興会会長に就任。「3月8日はみつばの日」全国キャンペーンのほか、各種博覧会に技術参加する。
土屋卓氏
◆つちや・たかし=昭和24年千葉県生まれ。現千葉県農業大学校卒業後、県代表で二年間派米農業研修を受け帰国。中央大学法学部中退後、農業を継ぐ。55年農薬の急性中毒を患い、農薬を使わない有機栽培を目指す。ミネラルとアミノ酸使用の農法研究と普及に努める。
傳健興氏
◆フー・ケンコウ=昭和22年東京・神田生まれ。東海大学工学部卒業後、銀座「揚子江菜館」、「銀座大飯店」、赤坂「山王飯店」などで修業。49年「新世界菜館」を継ぎ、平成4年「咸亨酒店」を開店。商社「健興通商」を通じ中国から上海蟹、紹興酒など手広く扱う。
傳 われわれ使い手にとって野菜は、安全でおいしければよい。これを機会にお二方がどういう手段で生産され、何を目指し、どうアピールしたいのかを話していただきたい。
土屋 野菜・果物は何を目的に作られているか。食べ物である以上、おいしいこと。体をつくり維持するため栄養があり安心して食べられること。これを作るのにいろいろな方法がとられている。
大別して、料理に例えると、化学調味料を使うか昆布・鰹節を使うかの違い。
村井 私はもともと農家なので有機栽培をやってきた。ところが伊勢湾台風に遭い、稲が全滅した。農業は自然の恵みと信じていたのが一夜にしてすべてを失った。人の命も五〇〇〇人失われた。厳しい自然に対し、どう農業を続けていくかと思い悩んでいたとき、水に浮かぶ浮き草を見て三つのことを思った。
水に育つ浮き草は、行き着くところ水耕栽培。また根が見えているのは、一種の技術革新につながる。三つめが自由自在に動くこと。
農業は固定観念、既成概念の世界。これでは農業を発展させる構図は見えない。農業はもっと発展性のある素晴らしいもの。これは身をもって示さなくてはと、水耕栽培にチャレンジした。
傳 安全性が叫ばれるあまり、有機栽培に偏りがちな中、水耕栽培は得体が知れないという見方もある。
私は、土耕から水耕へ、水耕から土耕へと試行錯誤をしながら努力をしている農家の人たちに会っている。こういう人たちを見ると、世の中は無農薬・有機が先走り、安全・安心・おいしいが後になっている気がして残念でならない。
村井 有機栽培の味はそれなりの味がある。それに引き換え、水耕はアッサリ型。有機は高齢化スタイル。食文化は変化しており、昔のトマトがおいしかったら残っているはず。
傳 それは違う。流通業者にほんろうされてきた。中間流通業者のために、味より形、色などが優先され、末端需要家にとって野菜は使い勝手が悪くなってきた。
村井 われわれは、流通に合わせているところは毛頭ない。
われわれのグループで新しい発想商品として、水耕三ツ葉を生産している。繊維質はないが、味と香りがよいとの評を得ている。このほか軟らかいネギもある。
「素材として新しい食材を提供しよう」、これが私の提案していきたい世界。
土屋 今の野菜は味・香りが落ち、日持ちもしない。何故そうなったのかが問題。使う人は味・香りのよい、安全な野菜を欲しがっている。
ところが作る側は、安いコストで大量流通できるもの、例えばトマトでいえば、味の良いものは作りづらいから敬遠する。農協を中心に大量集荷し、機械で選果し箱に詰めるシステムに組み込まれているため、多少転んでも投げてもつぶれないものを作っている。
こうした経済合理主義とここ二〇~三〇年、肥料のやりすぎで変わってしまった土壌に対応する品種になった。昔ながらのものはなくなってしまった。
傳 疲弊した土を三年そこらで蘇生できるわけがない。有機農産物認証制度とは何を今さらという気がしないではない。
先日、静岡に行き、おいしい水耕トマトに出合い、ショックだった。認識を新たにした。
生産者からみれば大量に取ってくれる大手スーパーかもしれないが、われわれレストランも需要者。
レストラン業界でも、ここ二~三年前から差別化のため、おいしい野菜を求める動きが活発化してきた。お互いを知るためにも、もっとコミュニケーションをはかるべき。生産者の方にも作られたものがどう使われているか知って欲しい。
村井 今、日本の食糧は二〇〇〇万t廃棄されており、棄てられるものをどんどん作るという無駄なことをしている。
今、ゴミを作らない炭化法を考えている。炭を使う水耕栽培、これができれば病原菌もなくなる。水加減で糖度もあげることもできる。
水を命の水として使うイスラエル農法は世界一と思うが、これに炭の世界を組み合わせれば農業は変わる。私のポリシーは「健幸楽美」。ビューティフル農業にしていきたい。
土屋 一九六〇年代当たりから化学肥料を使いはじめ、一般の農業がダメになったところから水耕が出たと思う。
野菜が生長し、栄養になりおいしさにつながるのは、窒素、リン酸、カリだけでなく、数十種類の元素をバランスよく吸収されるからで、三要素だけを与えていたのでは土が疲弊する。こうした現象を有機JASの規定が克服できるかといえば、逆に悪くなる。
有機JASのやろうとしている有機農産物は、主成分が主としてアンモニアの家畜の糞や尿を原料にした堆肥で土づくりをする。特に牛には窒素、カリが多く、これを使えば使うほど疲弊を招く上、農薬をやらないと品質の悪いものになる。
ただ、Ca、Mg、Fe、マンガンなどのミネラル分を入れた有機質肥料を使う方法では心配はないし、農薬もいらない。
傳 水耕で共感を受けるのは、衛生面の安全性。土耕は栄養面の安全性。これからは、安全基準に衛生面が大きな要素となってくる。個人的には、水耕、土耕とも同じ世界にあると思う。土耕を科学的に管理し、計画的に養液を与えれば水耕になるのでは。
土屋 培地を砂漠でやっているイスラエル農法がそれ。バランスのよい栄養素を適正分量の水に溶かし、砂に吸わせる点滴栽培ともいわれている。
村井 砂耕栽培ともいう。培地が違うロックウールやヤシの殻などへ、有機に匹敵するものを溶け込ませていけばよい。自然でなければいけないという世界とは違う。
土屋 植物にバランスのよい栄養素を与えるについては、水耕、砂耕も考え方は基本的に同じ。土はまだまだ遅れているところがある。
傳 土屋さんは土耕にまじめに取り組んでいるが、農協に所属する農家はこんなことを考えていない。かなりマニアックな世界。
村井 レストランは食材を求めるのにコストの安さと同時に安全性も求める。農家は自分さえよければの意識が強すぎる。
土屋 食べ物を作っている意識が薄い。食べ物は安全でなければならない。
傳 おいしい野菜は、水耕、土耕も差はない。ただ生産している人の姿勢が大切であり、栽培方法の差ではないとわかった。今後も料理を作る立場から生産者とコミュニケーションをはからなくてはと思っている。