シェフと60分:イタリア料理「カノビアーノ」オーナーシェフ・植竹隆政氏
「一目見てしびれてしまいました。それほど長い間思い描いていた条件にピッタリだったのです。今があるのもこの場所に出合えたおかげです」
思い描いていた店とは、どんな店なのか。絵的には、夜になると人通りが少なく車も通らない住宅地。ただ一つレストランの灯がポッと浮かび出る情景である。さらに立地的には駅に近いことが必須条件だ。
店づくりはどうか。席数は五六席の店内レイアウトは、構想どおり厨房から自ら料理をしながら客席すべてが見渡せ、スタッフにも指示が出せるようにしてある。そこに立つ姿は、あたかも舞台に立つ指揮者といったところ。
「たいへんな緊張感です。どうきれいに見せようかと手の動かし方ひとつ、足の先まで気を使う」が、慣れてくると自然な所作として手足が動くらしい。
「舞台からお客がおいしそうに食べている様子を見ると、つくづく料理人をやっていてよかったと思います」
一年間だったがNYで働いていたころに受けたカルチャーショックは大きかった。
ウエーティング客はシャンパンを開け、二〇~三〇分楽しんでから食事をする。また、車いすの客には周りの客もキチンと対応し、せかせかした日本とは雲泥の差。
「料理の感激はそれほどではなかったが、お客のマナーの良さには余裕さえ感じられ」、店をもった今、このとき感じたゆったりと食事を楽しむ雰囲気をどうつくるかに心を配る。
料理よりもまずは食材ありという。
かつてイタリアで修業中、どうしてこんなにうまいのかと思ったものも、今、同じようにやってもなぜかうまくいかず、ジレンマに陥ることもしばしば。
「しょせんは食材が異なること」と割り切り、逆に日本の海の幸、山の幸を探り出し、生かす方向性を打ち出す。
基本的に農協を嫌う。なぜか金貸しのイメージが強く、規格外のものを排し、値段を見ながら出荷しているかに見えるからだ。こうした思いから産地直送を始め、試して良かったものを取り寄せてはルート作りを確立する。
野菜の縁から人との触れ合いとなり、ついに引き受けることになった山梨県の須玉町の顧問。深い付き合いは、地元の人だけが入り込めるスズメバチのはちみつとか、キノコ狩りなどにも参加の資格を得ることに。
「野菜を大事にしている人は顔が違う」という。葉物を作っている人は葉物顔、トマトの人はトマトっぽい顔。こんなほのぼのとした想像ができる気持ちのやさしい植竹シェフ。自身をどんな顔に見ているのだろうか。
幼いころ、おばあちゃんに連れられ野山に出ては、春の摘み草、タケノコ掘りなど季節とともに生きる生活の知恵を体で覚えた。これが今の料理の基調となっている。
だからメニューはあってもないようなもの。朝の食材を見て決めるのが植竹流。
「うちは特別ヘルシーとはうたっていないが、自然に野菜好きの主
婦、家族連れのお客が集まってきます」と言うシェフ自身も野菜が大好き人間。
「一年くらい土にまみれて野菜を作ってみたい」ほどのほれ込みようだ。
文・カメラ 上田喜子
◆プロフィル
1963年神奈川県川崎市生まれ。子供のころは休みのたびに祖母の住む千葉の御宿に通い、海や山、川の自然いっぱいの生活を楽しむ。当時、盛んに放映されたのが料理番組。そこに登場する白いコックコートのシェフが、日ごろ慣れ親しんでいる食材を使って素晴らしい料理に仕上げていくのに感動、意を決して料理人の道に進む。東京調理師学校卒業後、東京・渋谷「ベルマーレ」で2年間の皿洗いに耐え、さらに「バスタパスタ」では、山田宏巳シェフのもとで3年間、徹底した料理修業に励む。24歳であこがれのイタリアに旅立ち、北イタリアを中心に3年間滞在。料理修業のかたわら、生来の旅好きと好奇心から機会を作っては野菜畑、ワイナリーなどに足を運ぶ。帰国を考えていたとき、NYの「バスタパスタ」オープンの話があり、そのままNYへ。1年間の滞在後、帰国し「リゴロッソ」立ち上げの料理長として赴任、6年間勤務。1999年11月、満を持して自らの店「カノビアーノ」を東京・代官山にオープン。4月1日に同じ代官山に新店舗を開店した。東京調理師学校講師も務める。
◆私の愛用食材 トマト・エストラット
「ドライトマトは野菜とソテーしたり、アサリのだし汁で戻しパスタソースにと使っているが、昨年、ペースト状のトマト・エストラットを知ってからは、いろいろと使い分けしています」という植竹シェフ。
ペーストは柔らかく簡単にお湯に溶けるので、エッセンス的にソースに入れたり、ラビオリの具に混ぜる。
エストラットとは、昔からシシリー島でトマトに食塩をまぶし天日乾燥させて作られており、日本の大豆味噌と同様、酵母作用により遊離グルタミン酸が生じ、うまみを形成する。
シシリー料理の味の決め手にもなっているトマト・エストラット。パスタ、肉や魚スープ、肉煮込み料理などに欠かせない伝統的食品である。
「生のトマトペーストではどうしても色が濃くなるが、ドライは自然な色合いで風味もよい。これだけの量を作るのに相当のドライトマトを使っていると思うが、使う量はほんの少しで十分。とても経済的です」
価格は五〇〇gプラスチックトレー入り二五〇〇円くらい。
▽輸入元=大倉フーズ(株)(東京都中央区、電話03・3538・7979)
・所在地/東京都渋谷区恵比寿西2-21-4、代官山パークスビルB1
・電話/03・5456・5681