シェフと60分 ホテルメトロポリタン「桂林」料理長・依藤 章弘氏
「フランス料理や和食の懐石風に盛りつける店も増えているけど、やっぱり一つの皿をみんなでつっ突きながら食べるのが中華料理の醍醐味だと思います」。ホテルメトロポリタンの中華料理「桂林」の料理長、依藤章弘さんの考えだ。
同店の料理は四川で、単品、セット、コースのほか、旬の野菜を使った「おすすめメニュー」をプレゼンテーションし、多様化を図っている。ディナータイムは「おまかせ」が多くなっているという。「四川の基本の味を崩さない」という依藤さんのこだわりにファンが安心して「おまかせ」するのだろう。
味つけは基本に忠実だが、食材は和食のものを使うなど工夫を凝らす。菜の花、うどなど旬のものを活かして「おすすめメニュー」に仕上げる。単品メニューは月に二、三品新しいものに入れ替える。メニューバラエティー化の一環だが、料理人のマンネリを防ぐのも狙いだ。「同じ料理ばかり作っていると慣れがでてマンネリ化してしまう。若いコックがやる気をなくす原因にもなりやすいので、絶えずメニューを替えるように工夫している」と配慮している。
《自分を律し 後身育てる》 「自分がかけ出しの頃はおやじさん(蒋兆鳳氏)によくしかられた。二度同じことを教えてもらえず、味つけは鍋を洗いながら、そっと鍋についたスープをなめて覚えた」。苦労をさらりと話す。盗んで覚えた世代だ。
しかし、その苦労がいま、生きていると自覚している。「自分が苦労しないと若い人を教えられない」が、同じ苦労を若いコックに押しつける気はない。「時代が違う。三回に一回は誉めてやらないと、若い人は伸びない」。誉めるのが役目、とわきまえているようだ。
そして、依藤さん自身も勉強を怠らない。部下から質問された時に即答できなければいけないと自分に厳しい目を向けている。部下から信頼されなくなったら、部下が育たなくなると考えているからだ。
いま、四川料理の基本を守り続けて、さらに磨きをかけているが、最初から四川を目指したわけではない。コックの帽子にあこがれて、高校を中退して洋食店に入りたかった。しかし、今、その洋食店は半年待たないと採用してもらえない。しかたなしに人の紹介を得て札幌のパークホテルに入社した。四川料理との“出会い”である。しかし、今、後悔はしていない。「洋食のコックにならなくてよかった」と今は思っている。
ノンカロリー志向が強くなっていることもあって、フランス料理はかつての人気がなくなっている。いま、中華料理が根強い人気になっているのは「食べておいしく、楽しく会食できるから」とみている。「厳しいおやじさんの下で修業し、いま、そのおやじさんから離れてみて、その料理のよさが分かる」心境になった。これから、依藤さんの下でどんな名コックが育つか楽しみだ。
文 ・富田 怜次
写真・新田みのる