特集-そば・うどん 伝統ワサビ 奥多摩の手作り農家を訪ねる
そばにワサビはつきもの。このワサビ、学名にワサビア・ジャポニカをいただく紛れもない日本原産の香辛野菜。だが、その生息条件は厳しく、険しい谷あいでの過酷な作業が強いられるワサビ作りは、後継者不足からだんだん減反の方向にあるという。そこで、今でもそうした厳しい条件にありながら、一つ一つを克服し、手作りワサビを生産している東京都・奥多摩町を訪ねてみた。
東京都にありながら電車で二時間、山梨県と埼玉県に接する山あいの町が奥多摩町。町を二分する多摩川の支流から分かれる枝沢のあちこちに、ワサビ田が棚田のように張り付いている。
「昔は、一時間から二時間は歩いて畑に行き、菰にワサビを三〇から五〇㎏背負って帰る毎日だった」という古矢仁さんは、六四歳。この地に住み、二代目になる。
古矢さんは三反歩を持つワサビ田専業農家。奥多摩町全体では、五〇戸の農家が八町歩のワサビ田を所有している。ただ、ほとんどが兼業農家で、専業農家は少ない。
ワサビに欠かせないのが、山から湧き出る清水。これを栄養分とするため養水と呼ばれるが、この自然の恵みである養水と最適水温が生育条件を左右する。
「温度が高くなると病気が発生する。八~一八度Cが適温です。また、水源に近いほど良質のワサビができる」ため、いきおいワサビ田は、渓流を登り詰めることになる。
このため「今一番の悩みは、獣害」という。日本鹿、日本カモシカ、猪、猿、兎などが来て畑を荒らすからだ。
フェンスを張って防御するが、利口な獣たちは爪を引っかけて侵入、「まったくのイタチごっこ、お手上げです」と苦笑する。
今、農家では、昔からの方法を踏襲はするが、徐々に生産効率を上げる方法を試みている。
従来の株分けでは、生長に数年かかっていたが、種をとって苗から育てる実生苗(みしょうなえ)に切り替えることで収穫を早めた。
「実生は、味が少し薄いけれども色もいいし、下流の水の疲れたところでも品質がいい」と三代目の高一さん。
今ではガラス温室で一〇万本の苗を作り、全国のワサビ産地へ苗を売っているほどだ。
バブル期のワサビが、一㎏二・五万円という高値をつけたころ、ニュージーランドへ技術指導に行った経験もあり、町のワサビ業を担う若きホープ。
「静岡、長野のように恵まれた自然条件にないだけに、新しい試みで少しずつ環境改善をしていきたい」と抱負を語る古矢さん。
東京都から新ワサビ田援助金も交付され、山あいのワサビ田脇にモノレールを引く計画も進められている。
連綿と続く伝統のワサビ作りも、こうした次代を担う若者人たちの手で、新しい産業として引き継がれていくことを期待したい。
★ワサビの原産地は--。
日本が原産地。学名はワサビア・ジャポニカ。アブラナ科に属し、水の流れを利用した沢ワサビ(緑色)と畑地で栽培する畑ワサビ(黄色)がある。
いわゆる西洋ワサビは、ホースラディッシュのこと。フィンランドのラップランド地帯が原産地とされ、日本では北海道で栽培されている。
★いつごろから栽培されたのだろうか。
文献によると、関東でワサビが栽培されるようになったのは慶長年間(一五九六~一六一五年)。静岡県の安倍川上流に自生していたのを、土地の人は自家用に栽培した沢ワサビに始まる。
関西では、奈良県の月ヶ瀬付近が原産地とされ、毛根はほとんどなく根も太く黄色い畑ワサビだ。
★粉ワサビは、生のワサビを一〇〇%使っているのだろうか。
主原料は西洋ワサビを七〇%、副原料に洋カラシ三〇%を使っている。
洋カラシは、ワサビと同じアブラナ科に属し、辛み成分が揮発性アリル辛子油で、油脂分が多いため被膜形成しやすく、油脂分の少ない西洋ワサビと合わせるとアリル辛子油が揮発飛散せず、辛みを持続させる効果がある。