地域ルポ 西麻布(東京・港区) 進む都市化と過疎化、静かな空間の飲食施設

1996.09.02 108号 8面

西麻布(東京・港区)。東京山の手の街らしい響きのいい町名だ。地番では六本木通りと外苑西通りの交差点を軸にする一~四丁目周辺をいうが、昭和42年1月の町名変更までは、麻布霞町、麻布材木町、麻布桜田町、麻布三軒家、麻布笄(こうがい)町、赤坂・青山高樹町などと称していた。町内の古老やこの街で生まれ育った者にとっては懐しい町名だ。霞町、高樹町は呼称として今でも残っているが、このころまでは霞町の交差点を都電が行き来していたようだ。山の手の閑静な住宅街をチンチン電車の都電が行くというのは、東京のよき時代、懐しい時代の物語だが、今は通りに面して高層ビルやマンションが建ち、車の往来で終日騒々しい。静かな街から動の街へと変貌を遂げたということだが、しかし、通りから裏手に回れば、コンクリートのマンションだが、静かな住宅街が広がる。

バブル時代に地上げが進んで緑のあるお屋敷が取り壊されて、無機質なコンクリートの建物に代わったわけだが、静かな住空間はまだ残っている。レストラン、バーなどの飲食施設もこういった空間に点在する。これが西麻布らしい立地特性なのだ。

地域の世帯数(西麻布一~四丁目)三五〇〇世帯、人口七〇〇〇人強。一世帯平均二人。住宅街でありながら人口は減少傾向にあるのだという(港区役所)。

西麻布は古い家並みが打ち壊されて、人の住まないビルやマンションが建つ。“都市化”“過疎化”が進行しているわけだが、一方においては“感性の街”“グルメの街”というイメージが定着している。

八〇年代のバブル期に入って、マンションの一、二階、地下一階などにフランス料理やイタリア料理、バー、クラブ、ディスコといった店が多く進出した。

今ではバブルがハジケて撤退した店も多いが、クリエーター、アーチストなど“感性人間”が働く街、来街するニューウエーブの街でもあったので、これに呼応して飲食ビジネスの集積も進んだのだ。

もちろん、現在も店の出店は進行しており、とくに若い人の間では、西麻布は六本木とは異なる「落ち着きのある感性の街」として、よきイメージは定着している。

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