料理人推奨の店 イタリア料理「ラ・パラツィーナ」 もてなすハートが肝要
一流の料理人にしろ、人気のある料理人にしろ、気になる料理人がいる。個性豊かな料理界。注目されている“旬”の料理人たちは、時代の潮流をどのようにとらえているのか。そこで本紙は今回から、料理人が料理人に直接インタビューする企画として「料理人推奨の店」を連載する。第一回目は、中国料理「新世界菜館」の店主、傳健興さんが、イタリア料理「ラ・パラツィーナ」の料理長、長谷川和俊さんを訪ねた。
訪ねる人
傳 健興さん
(フー・ケンコウ)=中国料理「新世界菜館」店主(東京都千代田区神田神保町2-2、電話03・3261・4957)
迎える人
(はせがわ・かずとし)=イタリア料理「ラ・パラツィーナ」料理長(東京都世田谷区経堂5-32-8、ハウジングパーク経堂内、電話03・3427・8280)
食べて負担にならないもの
傳 経堂は、学生時代に雀荘へ通っていた街として思い出多いところですが、雰囲気は大きく変わりましたね。
長谷川 住宅街の真っただ中にあるパラツィーナは一一年前オープンしました。イメージチェンジを図ろうと三笠会館の名前も前面に出さず、当時としては大きな冒険でしたね。こんなところにイタリアンでは二~三年ももたないだろうといわれていました。実際、当初はお客より従業員のほうが多かったんですから。
傳 ところが今はしっかり地域に根付いている。こんな場所にこんな店がと、思わず足を止めたくなる雰囲気をもっています。
長谷川 宣伝はほとんどせず、口コミでここまで来ました。
傳 イタリア料理はあまり得意ではなかったのですが、友達に誘われ長谷川さんの料理を食べ、ショックを受けました。私が思っていたイタリアンのイメージとはまったく違っていたんです。
今までのイタリアンは食材が前面に出過ぎ、もう一度来たいという気持ちが起きませんでした。
長谷川 多くの方に来てもらうにはイタリアを意識しなくてはいけませんが、意識が強すぎてもいけない。なるべく胃袋にも負担にならない食べ方、材料の組み合わせなどを考えております。
傳 私は中華をやっておりますが、似ているものを感じました。基本的にはオリーブオイルを使うか植物油を使うかの違いなんですが、料理法、食材が似ている。日本で発展してきた中国料理は長谷川さんの料理と似ているので、たいへん参考になります。
長谷川 今日本に来ているイタリア料理は昔はアメリカなんですが、南のナポリからのものが多い。魚介類など共通点があるんでしょうね。
傳 長谷川さんの料理には日本の四季が入っている、これが日本人にアピールする。
長谷川 ヨーロッパの絵は油絵、中国が水彩画、日本は水墨画といわれます。イタリア北部は油絵的イメージ、南に行けば行くほど水彩画的なものを感じます。日本人の好む範囲は北より南になるんでしょうか。食べても負担にならないし、食材的にもよく合うんでしょうね。
よく旬のものといわれるが、日本料理があまりにも意識のしすぎで、はしり、はしりとなり、われわれが旬のものを使うと遅れているのではと思われる。一番おいしく材料が安い時期に、そのものの持ち味をうまく出せば良いのではと思います。
傳 同感ですね。和食の懐石料理は先を行き過ぎている異常な世界です。ほんとうにおいしい時期ではなく、珍しさなんですね。料亭の料理は、もっと別の目的があるのではと思いますが。
ところで長い間イタリアにいらっしゃったようですが、何を仕入れられたのか興味津々です。
長谷川 五ヵ月間、あちらのレストランで働いていましたが、技術的に知らないことがいっぱいありました。ここで学んだ技術をパラツィーナでどうアレンジしてお客に合うように出すかということになりますが。
一つのヒントを浮かべれば、三つくらいの枝が出る。いやもっと出るものもあります。一つのものから発想を変えていけばメニューの幅、話題性も広がり、お客とのコミュニケーション、また従業員同士のコミュニケーションも広がっていきます。
傳 料理法を勉強されたというのはさすがと思いました。技術を習得しないで一品をそのまままねたのでは広がりがない。
長谷川 ここにくるまでカリフォルニアフレンチ、コンチネンタル料理といろいろやりました。調理師になり二五年、その間いろいろなことをやり、だからこそアレンジができるようになったのではと。
傳 フレンチはおいしくても次にまたというのは重い。
長谷川 最近感じることに、料理が本当においしくなくてもお客が来てくれるのではと。基本的にまずくてはいけないが、これでもかこれでもかとおいしくする必要はなく、ある程度の範囲内でおいしく、店の雰囲気とかサービスのスタッフが本当にもてなす気持ちがあれば、お客は来てくれる。ただおいしい料理というのでは駄目。もてなしのハートの部分が大切。心地良くさせるかどうかです。
私どもの社長も、レストランというのは料理ではないとよく言っていました。当時はよく分かりませんでしたが、年を重ね、お客と接し、話をするうちに分かるようになりました。
傳 長谷川さんもかつては。
長谷川 おいしい料理しかないんだと、疑わなかった。そういう時は、逆においしい料理はできていなかったんですね。肩ひじ張っていて。
傳 料理の素材の味を出してあげるくらいでないと逆にけんかしてしまう。
長谷川 ホームランを打とうと力いっぱいやると意外に空振りに終わってしまう。料理だけおいしくても、サービスだけ良くても、お店自体はまとまっていかない。
地元の人にはあんな所に出しても失敗するよといわれながら、お客もなく掃除ばかりしていた時代もありました。それでもバブルのころは努力をしないでもお客が来ていましたが、それがきっかけで落ちずに今にあるのは、以前の苦労が蓄積として残っているからだと思います。ますます厳しくなる環境には、原点に立ち返って地道な努力をしていくのみと思っています。
傳 商圏は一㎞、二㎞といいますが、引き寄せるパワーは店によって異なります。パラツィーナのパワーはますます大きくなっていくように思います。今後のますますのご発展を楽しみにしております。