これでいいのか辛口!チェーンストアにもの申す(10)味見忘れた回転寿司
回転ずしで上場あるいは店頭登録しているチェーン店は、「かっぱ寿司」と「アトム」と「元気寿司」である。この中で、かっぱ寿司と元気寿司はマクドナルド並みのチェーン理論で武装された回転ずしチェーンである。
特にかっぱ寿司は、チェーンストア理論そのもので企業を成長させてきた埼玉の会社である。チェーン・システムというのは、本部が企画した通りのやり方=システムのことである。それは、どこかの食品工場ですしがベルトコンベヤーの上で作り上げられるような、そんなやり方である。
まずネタは、全部セントラルキッチン(食材処理工場)で一枚ずつカットされ、冷凍され自動でラップ包装される。それが店に運ばれ、そのネタを店で解凍する。
シャリも、すべてすしロボットが握るシャリ玉が冷凍されて店舗に納品される。その冷凍シャリ玉を解凍して、その上に解凍したネタを“張り合わせて”すしができるのである。
こんな冷凍品を解凍し、ワサビで張り合わせたようなすしが本当においしいのだろうか? 回転ずしだから、一〇〇円ずしだからそれで良いのだろうか?
その一方で、確かに立ちのすし店は、あまりにも経営の近代化が遅れている。商品の値段さえ表示されていない店すらある。すし職人は無愛想で、カウンターの向こうで黙りこくって仕込みをしている。お客が逆に、お愛想を言っている。帰りにお勘定を見たら、驚くほど取られていた…。
そんな経験はだれにでもある。だから一般のお客さんは、「すし屋なんて、何ていい加減な商売ダ!」と思っているに違いない。だから、こんな冷凍品の張り合わせずしが幅を利かせるのである。
働いている従業員は大抵若く、入社したての社員が二人くらいである。これで年中無休であり週休二日制だから、社員はゼロに等しい。そして、あとはすべてパート・アルバイトで運営されている。店の作業は、すべてマニュアルで行われている。だから見ようによっては、よくやっているとも言える。
しかし、彼らは恐らく本格的な握りずしを食べたことがない人たちである。だから、たまには解凍不完全なシャリが出たり、解凍しすぎのマグロが乗っかっていたりする。シャリシャリする冷たいご飯に、味気のないぺらぺらの長方形のマグロが乗っかっている。そんなおすしに、お客は本当に満足しているのだろうか?
筆者が塩素殺菌剤(いわゆるハイター系の殺菌洗剤)臭いすしに巡り合ったのが、一年半前の東京都練馬区光が丘団地のショッピングセンターの中にある、元気寿司チェーンの店である。元気寿司は宇都宮に本部を置く新興の回転ずしチェーンで、業績も良く株価も高い、おまけに従業員の教育もしっかりしている優秀なチェーン店である。だから筆者も安心して、元気寿司チェーン東京進出第一号のこの店に入ったのである。
ピークを過ぎた午後2時半ごろとはいえ、店内は明るく清潔感に満ちて、従業員も元気良くあいさつが返ってきていた。カウンターには、若い女性がすしを握っている姿があった。カウンターに座りお茶を飲み、やおらマグロを二皿とって驚いた。何と塩素臭いのである。
これは良くキッチンで使う塩素系の殺菌剤(有名なのは「ハイター」「ピューラックス」など)のあのにおいである。女性の手元を見ると、真っ白いダスターを握っている。それでまな板を拭き手を拭いているのだ。われわれも現役のころよくやっていたことだが、バケツにこの塩素系殺菌剤をキャップ二杯ほど入れ、そこにダスターを入れ、殺菌しながらあらゆるところを拭いた後に、またこのバケツにダスターを入れて殺菌するのである。
この女性は決して間違ったことをやっていたのではない。常に手や指を殺菌し、まな板や作業台をこの殺菌剤で消毒した清潔なダスターで拭いているのだ。このキッチンには、大腸菌一匹いないはずである。この女性こそ、衛生観念のしっかりした優秀な従業員である。
ただ残念ながら、塩素臭いすしに本人は気がついていない。いや結論を言えば、本部の教育に欠陥があるのだ。おすしのおいしさと、味見の大切さをこの女性従業員に教えていないのだ。うちのおすしは、こんな風にうまいおすしなのだという教育がないのだ。たとえ冷凍ずしでも、食べてみて=味見してみて、“ウン、これこそうちのすしネタだ”という点検ができていないのだ。
チェーンストアのコンサルタントは、「うまさを標準化することはできない」とおっしゃるかもしれない。しかし、お客はうまいすしを食べに来ているのだ。決してチェーンストアの素晴らしさや、システムの素晴らしさを見に来ているのではない。ここに新しくできたおすし屋が、おいしいすしを食べさせてくれるかもしれないと、期待に胸わくわくさせながら来店しているのだ。
そんなお客の期待は、こんなすしでアッという間に吹き飛んでしまう。おいしいのと衛生的であるのとを取り違えているのである。殺菌液のついた手でシャリを握り、殺菌液のダスターで手を拭き、その手でネタを扱っているのだ。これが塩素臭いすしの原因である。筆者が帰るまで、女性は元気良くおすしを握り続けていた。しかし、客はどんどん帰っていった。
すし屋は衛生的でなければならないが、おすしまで殺菌しなくても良いのである。元気寿司は、従業員には冷凍のすしの扱い方法や店の運営方法をマニュアルで厳しく周知徹底している。しかしそれは、いわばお店の都合である。従業員に何を一番先に教えなければならないか。それは、お客の大切さであり本当のすしのおいしさである。
昔から、バーのカウンターや喫茶店の調理場に、柄の長い味見用のテースティング・スプーンというものがあった。これは主に、アイスコーヒーやドリンク・ファンテン物の味見をするスプーンである。プロのバーテンダーは、このテースティング・スプーンでチョッとすくって味を確かめ、ウエートレスに客席に持たせたのである。
一見すると、料理の味見はお客の料理をつまみ食いするように見えて、汚らしそうに見える。しかし、お客に出すわが店の料理と味は「こうあらねばならない」という店の主張が、そこに明確に表されているのである。うちの味ではない料理は、絶対客に出さないという店のアイデンティティーの象徴であるのだ。
しかし、飲食業がチェーンストア化し、だれにでもできるようにアマチュア化した現在、このテースティング・スプーンをキッチンやパントリーで見ることが少なくなった。なぜなら、マニュアルやシステムが先行し店数を拡大することが第一の経営目標になっているチェーンストア飲食店では、飲食店が本来持っていなければならない、料理のおいしさや食事の楽しさはどこかに置き忘れられ、合理化された味気のないお店とメニューだけがそこにあるだけなのである。
その結果、回転ずしチェーン三社の株価が、その実態を良く表している。現在の株価は、アトム寿司チェーン一五八〇円、カッパ寿司チェーン二五〇円、元気寿司チェーン一五〇〇円である(6月5日現在)。あらゆる合理化を行い徹底的にマニュアル化したカッパ寿司に、最低の株価がついている。 (仮面ライター)