忘れられぬ味(35)岩手缶詰・糸井彰一代表取締役社長「鮎の思い出」

缶詰 連載 2000.10.27 8761号 2面

本社が岩手県釜石市にあるので、月の内半分は釜石暮らしをしています。そのお蔭で、折々の海の幸を心行くまで食べることができます。

川魚も好物の一つで、とりわけ鮎が大好きです。この鮎について、私には、二つの忘れられぬ思い出があります。

その一つは、学生時代柔道部に所属していた昭和34年8月(大学三年生)合宿で飛騨高山にまいりました。毎日暑い日が続く中、朝から晩まで稽古に明け暮れ、食欲も減退、宿舎に帰ればばったり倒れ込んで横になるという日々でした。そんなある日、どういう経緯か忘れましたが、高山市役所から「鮎の酒蒸し」の差し入れがありました。鮎といえば、塩焼きにして食べるのが普通で、私ももちろんそれ以外の料理法で食べたことはありませんでした。

大きな皿一杯に並べられた鮎は、酒で蒸したせいか、皮は銀色に光り、酒と竹の成分が微妙に混ざり合い、その旨かったこと、今でも忘れられません。市の職員の方に調理方法をうかがったところ、熱燗を竹筒に入れ、頭から鮎を入れて蒸すとのことでした。

もう一つはこれはサラリーマンになってからのことですが、ある時(昭和48年頃)三重県にある建築現場(建設会社に勤務しておりました)に出張した時、現場の所長から五十鈴川で獲れた、うまい鮎を食わせてやろうということで、鮎料理専門店に連れていってもらいました。所長が背越し(この字が正しいか否かは不明です)が旨いというので注文しました。生の鮎を輪切りにしたものでした。内臓は別の皿に出てきました。どちらも、確かわさび醤油で食べましたが、輪切りの方は強烈に生臭く、内臓の方はとてつもなく苦く、その生臭さ、苦さを消すために、一回食べる毎に酒を飲み、すっかり酩酊した憶えがあります。

鮎を食べるたびに、あの美味しかった酒蒸しを、是非もう一度食べてみたいと思うし、背越しの方はほろ苦い思い出として記憶に甦ってきます。これが私の「忘れられぬ味」です。

(岩手缶詰(株)代表取締役社長)

日本食糧新聞の第8761号(2000年10月27日付)の紙面

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