ヨーグルトがピロリ菌に勝つ不思議 東海大医学部・古賀泰裕教授に聞く

2000.12.10 64号 12面

今年3月、明治乳業(株)から発売となった乳酸菌LG21入りヨーグルトが“LG21フィーバー”を巻き起こしている。「LG21」は、胃・十二指腸潰瘍を引き起こすピロリ菌を除菌できるとして注目されている乳酸菌。この乳酸菌LG21を最前線で研究・開発してきた、東海大学医学部の古賀泰裕教授に発見秘話、ピロリ菌除菌の仕組みなどを聞いた。

◆「失敗は成功のもと」偶然の発見

私が乳酸菌LG21の研究を始めたキッカケは、平成6年に同じ大学内の消化器内科の高木敦司助教授からピロリ菌除菌について相談があったことからです。

当時、すでにピロリ菌の抗生物質での完全除菌は確立していました。しかし抗生物質は副作用や耐性菌の問題があります。実は日本人の約半分はピロリ菌に感染しているのですが、潰瘍などが発生する人はごくわずか、数%に過ぎません。私たちは、ピロリ菌を持ちながらも現在健康な人に安心・低価格で胃の病気を予防するものを開発するために研究を始めました。

まずマウスにピロリ菌を感染させるところから実験をスタート。人の胃からとったピロリ菌を、人の状態の一〇倍以上飲ませました。しかしマウスにピロリ菌は感染しなかった。マウスの胃の中にはもともとラクトバチルスという乳酸菌がたくさんいたのです。この乳酸菌でなければピロリ菌が排除できないことが実験で証明されました(表1)。有効物質を探すため、マウスにピロリ菌を感染させようとして失敗したことが、逆に乳酸菌がピロリ菌を抑制するという発見につながった訳です。

◆なぜ、ヨーグルトか

動物実験の成功を人に応用することが次の段階です。たくさんあるラクトバチルス菌の中から、(1)人に安全(2)胃の中で生きて働ける‐という要素を持つものを探しました。「胃の中」が重要で、錠剤タイプや乳酸菌飲料は胃を通り越してしまう。そこでヨーグルトに混ぜることにしました。ヨーグルトは(1)理想的な健康食品(2)ドロッとした感じが胃壁に定着する(3)胃酸から保護される‐という特徴があったからです。

人に安全な乳酸菌で、かつラクトバチルス型、さらにヨーグルトに混ぜるとなると使える乳酸菌の種類は限られます。当時の東海大学には一〇種類ほどの菌しかなかった。しかし「ブルガリアヨーグルト」を製造している明治乳業は二〇〇株の乳酸菌とヨーグルトに関する豊富な知識を持っていた。そこで平成9年、明治乳業と共同研究を開始、ヨーグルトに馴染みピロリ菌を排除する乳酸菌LG21を発見しました。

◆エリート乳酸菌LG21

乳酸菌は乳酸液を出します。乳酸菌LG21はもともと健康な人の腸にいた菌で、普通の乳酸菌に比べ乳酸の量が多く、胃酸に強い特徴を持っています。乳酸菌がヨーグルトの特性を生かして胃に付着し、ピロリ菌の所まで行って乳酸を出します。こうなると乳酸に弱いピロリ菌はひとたまりもありません。

胃酸に強くピロリ菌を除去するのですからLG21は乳酸菌の“エリート”です。ブルガリア菌などの乳酸菌は胃の中で多くは死んでしまいますが、「LG21」は胃酸に強いため多くの菌が腸までいって働く。けれどエリートゆえの弱点もあります。生存競争に非常に弱く、増え方も悪い。そして、煮立つような熱を加えてしまうと死んでしまい、高温の調理には向いていません。

◆古賀教授の健康講座

食品の面から健康を考えると、必要な栄養素を過不足なく食べる、多くの種類の食品を摂る、そして本来の栄養素が一番入っている旬のものを食べることが大事。さらにできるだけ鮮度の良いものを食べていれば、基本的には問題ないと思います。ただこの頃は皆忙しく、なかなか実行が難しい。だから、できるだけたくさんの栄養素を含み、消化吸収の良いものを補助食として習慣的に食べるのは良いことと思います。

その点でもヨーグルトはお勧めです。ヨーグルトの基本は牛乳で、それだけで赤ちゃんが生きていけるし、たくさんの栄養素が入っています。牛乳は現代人に不足しているカルシウムが豊富ですが、ヨーグルトにするとそのカルシウムがさらに吸収されやすくなります。

それから一部の人は、牛乳を飲むとお腹がゴロゴロします。これは牛乳の中に含まれる乳糖を分解できないからです。ヨーグルトは、乳酸菌が乳糖を分解してくれるのでゴロゴロしません。ヨーグルトの中に入っている乳酸菌自体に整腸効果があり、乳酸菌が善玉菌として働きます。さらにいうと、エリート乳酸菌LG21を加えたものは胃でも腸でも働いてくれる。

◆1日1個、8週間で除菌

いま、LG21入りヨーグルトは一日に三〇万から三五万個売れているらしいですね。日本全体の潰瘍やがんの発症率が、これによってゼロになることはないと思いますが、ある程度発症が抑えられたら私としては大満足です。私たちのような基礎医学の研究者は「病気を予防する」「病気を治す」「病気の原因を突き止める」これが最大の目標ですから、LG21ヨーグルトが胃の病気を予防し、減少する姿を見てみたい。そのためには、多くの人に食べていただくことです。

実験では、一日一個食べると八週間で除菌ができます。その後食べるのをやめると三カ月ほどで、ピロリ菌の数は元に戻っていました。

◆「プロバイオティクス」という考え方

私自身、半年前からLG21入りヨーグルトを毎日一個食べています。私もピロリ菌に感染していますけど、潰瘍とかはもともとなかった。でも、ピロリ菌の数は一〇分の一に減っています。ピロリ菌は病気を起こすから害なのであり、健康上の害をもたらさなければいいわけです。我々は、ゼロにしなくても一〇分の一以下にすれば胃の病気が起きないという実験データも得ています。病気を起こさない程度まで下げればそれで十分なのです。

稲穂についた害虫を農薬で殺そうというのが抗生物質の考えです。その結果、害虫は死にますが、残留農薬の問題や土壌汚染の問題がある。ちょうど、抗生物質で胃の中のピロリ菌を除くのはそれと同じ話。我々はLG21みたいなものを「プロバイオティクス」と呼んでいますが、これは益虫を使って害虫を除くという考え方なのです。

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