山の食事12カ月、所変われば水かわる
登山に水はつきもの。流れ出た水分を上手に補給するのがバテないコツの一つだが、海外に行って意外に困るのが水を手に入れること。
世界の屋根を眺めながら歩くネパールのトレッキング。三〇〇〇メートルを超える尾根の上でもなぜか豊かな湧き水に出会う。つい口をつけたくなるがこれは禁物。お腹を壊すこと間違いない。高地に住む「ヤク」という牛に似た家畜のせいといわれているが、きらきらと輝く流れを見ていると、「なんでこんなにきれいな水が」と思う。地元の人は平気で飲んでいるのがまた不思議だ。
アフリカ・タンザニア。四〇〇〇メートル台の高地にサドルと呼ばれる広大な砂漠が広がる。奥には真っ白な雪を帽子のようにかぶったアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ(五八九五メートル)が鎮座している。そのサドルの下、小さく断層のように落ち込んだ所に水が湧いている。生き物も木もない荒涼とした砂漠の地中を透過してきた文字通り「キリマンジャロの雪」の水だ。この水はおいしい。お腹も壊さない。
ロシア解放後、フランスのモンブランに替わり欧州最高峰となったカフカズ山脈のエリブルース(五六四二メートル)。麓の村「テレスコル」では、水といえばすべてガス入り。村の人たちが汲みにくる石造りの立派な井戸の湧き水も、もちろんそうだ。その水で作るのだから、食事をしてもコーヒーを飲んでもすべてがソーダ割りで、いいかげんツラい。そんな我々の様子を現地ガイドは、なんで日本人はあんなに素晴らしいミネラルウオーターが飲めないんだろうと不思議な顔で眺めていた。
二日後、高度になれるため、標高四〇〇〇メートルの一一番小屋に上る。真っ青な空の下氷河の上を歩いていると、強い日差しで氷が溶け始め、さらさらと小さく水が流れ始めた。思わず手を置いてなめてみるとなんとガスがない。あわてて取り出したコップにためて回し飲みをすると、身体に水がスーッと入っていって本当に生き返った気がした。まるで身体のすべての水分の入れ替えでもするように、何杯も何杯も飲んでしまった。
日本の水が一番安全といわれているけれど、ネパールのシェルパは、日本に来て水を飲むとやはりおかしくなるらしい。ロシアのガイドはガス入りウオーターを探すだろう。それほど水は、そこに生きる人々の生活と密着していて、身体の組成や性格まですべてに影響しているようだ。「水を得る」「水に合う」など人のコミュニケーションに関係する言葉が多いのもうなずける。
山のお水の話をしたところで、「山の食事」は水に流して、来月から山と天気と健康について書いてみようと思う。お楽しみに。
(日本山岳ガイド連盟
公認ガイド 石井明彦)