山の食事12カ月:早生の3月の低山歩き
「カサッカサッ」と踏みしめる音が心地よく響き、厚く積み重なった層は、膝に優しい適度なクッションになってくれる。それはみんな秋から冬に降り落ちた落ち葉のプレゼントだ。
ほのぼのと暖かさが近づいてくる3月初旬。葉を落とした雑木林に若葉が茂る前のわずかな間、視界はまだまだ広く、遠く高い山も近く見えるこの頃は、近郊の低山歩きのシーズンなのである。
その日も天気はドピーカン。真っ青な空にぽかぽか陽気。時々吹き寄せる風はさすがに冬の名残りの冷たさを持っているが、それさえも心地よく感じられる一日だった。早朝からの日だまり歩きで、落ち葉の感触や展望を堪能し、午後早めに下山した。
ポツンと立っているバス停の時刻表は、残酷にもたったいま出発したバスの時刻を刻んでいて、次の便は二時間ほど経たなければやってこない。そこからタクシーを呼べばいいと、頼りにしていたバス停の脇の食堂も、冷たくのれんを降ろしている。
いいことばかりじゃなくて、これが早生の山歩きのデメリット。3月とはいえまだまだ寒い時期、しかも平日。山を歩く人はほとんどいなくて、普通に考えれば季節はずれなのだからこんなこともある。
仕方なく、どこか電話のあるところまでと、山村風景を眺めながらトボトボ歩き始めたところ、道ばたに、なつかしいブリキの煙突から煙を吐き出している小屋があり、作業着を着たおじさんが出てきた。
「すみません、どこかに公衆電話ありませんか?」
「タクシーかえ?俺ン家で、かけりゃいい」「ありがとうございます」
「二、三〇分はかかるだ。寒いから小屋入ってろ」
ダルマストーブで暖められた小屋の中では、クヌギ、クリなどを原木にしたほだ木が積み重ねられ、椎茸が栽培されていた。
「持っていくかい」の声に誘われて、やおら皆で椎茸狩りが始まった。直径一〇センチを超える大きいのやら小振りのもの、やはり手頃な大きさのものが良い味とのことだが、どれも肉厚で柔らかくて、見るからにおいしそうだ。
帰りがけに材料を買い足して、今夜の食事は寄せ鍋。それだけじゃなく、石突きを切り落とし、直火で焼いた椎茸に、レモン汁としょう油をたらして、新鮮だからこれが一番とかぶりつく。
こんな出会いも歩いていればこそ。やっぱり山歩きはいいなぁと、一人納得してビールが進んだ。
(日本山岳ガイド連盟 公認ガイド 石井明彦)