風の便り ウナギの味
学生時代におつきあいしていた彼は、魚を食べるのが抜群にうまかった。女の子の扱いは器用でもないくせに、スキー板と箸のさばきはピカイチで、いっそサンマになって食べられたい…と思うほどだった。
それもそのはず。彼の実家は金沢の割烹料理屋で、魚屋も営んでいた。遊びにいくと熊肉の刺身やぴんぴんの甘海老、手製のイシルで作った鉄砲漬など、店に出さないスペシャルメニューで歓待してくれた。
「刺身のわさびは、しょう油に溶かないで、魚の身に少しのせて、しょう油をつけて食べるほうが旨いぞ」。彼のお父さんのおだやかな金沢弁がいまも耳に残る。以来私は刺身をこう食べる。それが正式な作法か知らないが、B型男のこだわりには素直に身をゆだねる主義なのだ。
彼の家でいただいたものの中でも忘れられないのが、ウナギの白焼き。「近江町市場で一番上モノの天然ウナギ」を、うっすらキツネ色に焼いて、もみじおろしポン酢で食べる。パックの蒲焼きの味しか知らない私にとって、目からウロコもんの逸品であった。
いつしか父親と同じようにハゲ頭になった彼が、こんなおいしいウナギをパタパタ焼く日がくるのかしら。そして、そんな彼の隣で皿洗いをしている自分の姿を想像してはニタニタしたものだった。
いまとなっては遠き日の夢。夏、ウナギの季節になると思い出す、あの白焼きの味とともに、大事に胸の箱にしまっている。
(夢)