フレンチパラドックスのナゾ 冒険病理学者・家森 幸男氏に聞く
家森氏らの調査隊は、このフランス・オルレアンだけでなく、八五年から世界五七ヵ所、二五ヵ国の長寿、逆に短命地域を調査しているという。そうした世界を股にかけたフィールドワークでこれからの長寿社会を豊かにするために、最も問題となる循環器病、つまり円滑な血のめぐりを防害する病気をなくす研究を展開しているのだ。これが家森氏が“冒険病理学者”と呼ばれるゆえんだ。そこでこの食と健康の世界のアドベンチャー、家森氏に長寿者を輩出するエリアの共通点はあるのか、ないのか、いくつかの質問をぶつけてみた。
‐‐いったい長寿者を輩出するエリアの共通点というのはあるのでしょうか。
家森 テーマは成人病を予防する食習慣ということでしょう。食事というのは毎日毎日の繰り返しですから、ちょっとしたわずかの差でも一生の間には大変な結果になる。長寿地域の食習慣の共通点というのは確かにあります。
まず、とにかくいろいろな種類の食べ物を万遍なく食べているということ。たとえその理屈は分かっていなくても当らずとも遠からずで、いい栄養素が身体にみんな入るシステムになるわけです。宗教的にシバリがあって食べられないものがたくさんある地域は残念ながら短命を招いている例が多い。ヒンズー教の牛、仏教の動物全般はよく知られていますが、世界にはこのほかに魚や鳥もダメという地域もあるんですね。鳥葬・水葬をしますので、それらに先祖の魂が宿っているからという発想です。その地域の人たちにとってはとても大切な文化、宗教上の考え方を全くないがしろにすることはできませんが、現実問題としてそうなると、タンパク源が非常に限られてくる。
そういう意味において日本はシバリがなく寛容なので、世界の中でも屈指の長寿地域となっているのです。
‐‐その土地で穫れるものを何でも万遍なく食べることがいい。逆に言うとコレがないから長寿地域にはなれないというわけではないのですね。
家森 そうです、そうです。逆に長寿者を輩出している地域には、経済的にあまり豊かでないところ、あるいは何もかも自給自足でやっているところも多いですよ。もちろん全部そういう理由とは限りませんが…。
その土地での風土で穫れるものを十分に活用する。タンパク源でいえば海が国土に面している日本や地中海諸国では魚を食べる。魚を食べることが健康に非常に有益であることは、私たの世界中を対象にした研究でも裏付けられています。しかし魚がない地域なら、フランスの例のように、良質な動物肉を内臓ごと食べればいい。コーカサスやアンデスのように、ヨーグルトやチーズ、ミルクなどの乳製品で素晴らしいタンパク質を摂っているところもありますね。中国の長寿地域では、植物性のタンパク質である大豆を主食のようにしています。
食物繊維やミネラルも同じように、コレがなくてはダメでなくそこにある何かで摂取できればいい。野菜や果物が豊富ならばそれでいいし、日本なら海藻、地中海ならナッツを利用するというようにね。
‐‐味付けなどの点で共通点はありますか。たとえば塩の問題など。
家森 減塩は重要な問題です。塩のとり過ぎは何よりいけない。高血圧・胃がん、脳卒中、脳梗塞といった死因やボケなどいろいろな病気の原因となる。またカルシウムを排出する作用もあるので、骨粗しょう症にもなりやすくする。他の面ではかなりヘルシー度の高い食生活をしている日本人も、塩の摂取に関しては非常に問題があります。日本人に最も多い病気の高血圧も多くは塩のとり過ぎが原因ですから。世界の他の長寿地域は塩を控えめにしているところが多いですね。欧米諸国も比較的にナトリウムが少なくてカリウムが多い。
‐‐食材だけでなく調理法や食べ方などで気付くことはありますか。
家森 健康にいい調理の仕方というのはありますよ。たとえば日本の沖縄のように豚肉を煮て脂を取って肉だけ食べるなど、これはコーカサスでもやっています。
食べ方の問題では、いかに食事を楽しむかということが非常に大きい。コーカサスやシルクロード、中国の客家(ハッカ)の人たちは、みな長老を大切にしているので、そうした方々が非常に楽しく食事をしているんですね。
食事を摂るだけでなく、カロリーが出る方のバランスも大切。長寿地域を見ると大体車のない所が多いんです。山が多くて使えなかったりで。お年を召してもひ孫ややしゃごと一緒に牛追いをしている長寿者もいます。こんな生活ならば、カロリーのとり過ぎで肥満になることもないですね。
そういった調理上の伝統的な工夫、人間関係や家族に支えられた楽しい食事、適度な運動の習慣があるところには、確かに長寿者は多いようです。