地域ルポ 初台(東京・渋谷、新宿) 国立劇場建設で“街興し”の動き
京王線初台駅周辺が変わろうとしている。山手通りと甲州街道が交差する西側角地で、「第二国立劇場」(仮称)および「東京オペラシティ」の建設が進められており、この大規模建設事業に呼応して、近接する商店街も“芸術文化の街”にふさわしい“街おこし”を推進しようと、「環境整備事業」を計画している。これは街のアメニティーを整えて、人の流れを誘導し、商店街を活性化しようと意図しているもので、個々の店でもこの動きに沿って店舗をリニューアルする機運も高まってきている。
第二国立劇場(地上五階、地下四階)は東京オペラシティ(地上五四階、地下四階)と一体化したもので、オフィス、店舗、大小のコンサートホールから成る複合都市施設だ。
オープンは九六年から九九年にかけてだが、二一世紀を見据えた一大芸術文化プロジェクトでもあるので、日本国内はもとより世界からも注目されている。
この世紀の大プロジェクトは国(建設省、文化庁)をはじめ、東京都、当該区(新宿区、渋谷区)、民間企業が周辺の環境整備や交通アクセスを含め一体化して取り組んでいるもので、今からグランドオープンの九九年が待たれるところだ。
建設計画は通産省の工業試験所跡地(一万三三六〇坪)を利用して進められているもので、渋谷区本町一丁目と新宿区西新宿三丁目にかかる建設事業だ。
このため、施設の完成オープン後は、周辺地区(商店街)にも来街動機を大きく喚起するなど、波及効果が期待されており、これに呼応して“街おこし”の動きも活発化してきている。
初台駅の地下ホームから地上に出る。出入口は南北に一ヵ所ずつあるが、北口は本町一丁目、南口は初台一丁目という位置関係だ。
北口の本町側に出る。そこは甲州街道とT字形に接する道幅四m、長さ二〇〇mほどの短い商店街「本町一丁目商店会」(岩井佐吉郎会長)で、五〇軒ほどの商店が軒を連ねている。
この商店街は南北に伸びているのだが、片面西側だけに商店が軒を連ねているというアンバランスな街並みを呈している。
東側は第二国立劇場(東京オペラシティ)の建設現場で、商店街に沿って工事の囲いが伸びており、商店街でありながら殺風景な様相をみせている。
しかし、この商店街はオペラシティに最も近接している地域であるので、“芸術文化ゾーン”にふさわしい“街おこし”を実現しようという考えにある。
まず基本的な計画としては、現在の道幅(四m)を約一〇mに拡幅する。これは渋谷区の道路整備計画で決定していることだが、本町一丁目商店会としては、さらに自己資金に公的資金を導入して、歩道のカラー舗装化や街路灯、街路樹などの整備事業と取り組む考えだ。
「まだハッキリしたことは決まっておりませんが、商店会の活性化、地域への来街動機を喚起していくために、歩道の舗装化や街灯、植栽など環境整備を図っていきたいと考えております」(本町一丁目商店会・岩井佐吉郎会長)
商店会の街並みを整備していくことは、平成2年に協議会を発足したことで決定しており、現在は最終的なプランづくりを進めているところだ。街並みの整備は、個々の店舗をリニューアルする方向でも検討されており、オペラシティに接する商店街にふさわしい魅力的な店舗に生まれ変わらせていく考えだ。
一〇年前から開業しているコーヒーと手造りケーキの店「カフェド・ルラーシュ」も、現在でもガラス張りの明るく、シックな店構えだが、店が老朽化してきたのを契機に、さらにオシャレな店にリニューアルする考えだ。
「どうリニューアルするかはまだ言えません。芸術文化ゾーンにふさわしい感性ゆたかな店を造りたいと考えています」(店主・松下努氏)
本町一丁目商店会の北端は水道道路(補助六一号線)と接する小さな交差点で、歩道を渡れば「不動通商店街」(理事長・村山靖太郎氏)の入り口だ。
ここを五〇mほど前進すると商店街が東西に延びる形になる。この通りは住宅街の中の商店街として大正時代から存在し、気取りのない生活感のある商店街として、地域住民の支持を得ている。
道幅六m、長さは東西に九〇〇mほどもあり、ここに飲食、物販、サービスなど約二三〇店の商店が軒を連ねる。
このうち飲食店舗は四〇店ほど集積するが、大手外食チェーンの存在は西新宿ブロックのロイヤルホストを除けば、一軒も存在しない。それだけこの商店街は“地域コミュニティー”がしっかりしており、他者が入り込む余地がないということだ。
視点を変えて言えば保守色の強い街ということになるのだが、しかし、第二国立劇場および東京オペラシティーの開設に対応しては、商店街の「環境整備事業」を具体化する考えだ。
この計画は三階建ての「コミュニティホール」を建設するのをはじめ、カラー舗装化、電柱の埋設化といったことなどで、平成7年3月に事業化計画書をまとめて、渋谷区および都に提出することになっている。
「やはり資金がかかる仕事ですから、区や都の公的資金の導入を図っていく必要があるわけです。古い商店街で施設も老朽化しておりますから、リニューアルしてシャレた街並みにしたいと考えているのです。これによってオペラシティなどからの人の流れを誘導できれば、街の発展につながりますし、街の人たちの気分も明るくなります。ぜひとも実現させたい街の活性化事業と考えております」(不動通商店街振興組合・宮坂正幸専務理事)
事業資金はコミュニティホールの建設に三〇〇〇万円、カラー舗装化に一億二〇〇〇万円、電設埋設に一億五〇〇〇万円の計三億円。
商店街が負担できる範囲は三分の一から四分の一で、公的資金を導入するのは不可欠な条件だ。
駅南口から地上に出ると、同じく甲州街道に接して南側に比較的広い道幅の商店街が伸びる。
道路幅九m、長さ四〇〇mほどの「初台商盛会」(会長・光山繁氏)だ。
この商店街は山手通りを経て、小田急線の代々木八幡につながるバス道路でもあるので、道路幅もあるわけだが、しかし、車道と歩道の区別がないので、買い物の環境としては良好とはいえない。
店舗数は銀行や歯科院なども含めて約一〇〇店。うち飲食店は約三〇店。この商店街も古く五〇~六〇年の歴史があるのだが、昭和30~40年代ごろの時代の流れに取り残された感じの地味な商店街で、正直いって活気に乏しいという印象を受ける。
飲食店が目立つ存在はケンタッキーフライドチキン、持ち帰り京樽すし、茶月すしの三店。物産では薬ヒグチ、コンビニのブルマートの二店くらいで、大半は二代目、三代目が経営する地元の店舗だ。
「昔からやっている店が多いですから、おとなしいというか、ハングリー精神に乏しいというか、とくに家業を継いだ若手経営の方が保守的で、むしろわれわれ年寄りの方が意欲的にいろんなことを考えているという感じです」(初台商盛会・光山繁会長)
意欲的な考えといえば、北口の本町や不動通商店街同様に、オペラシティの建設に呼応しての街の活性化が考えられるが、しかし、この商店街の場合は、オペラシティの建設地から離れていること、甲州街道を隔てて商店街が立地することから、街をリニューアルしても来街動機を喚起することは容易でないと、“街おこし”には消極的だ。
「街としての資金力がないこともありますし、果たして金をかけて街を整備しても、ここまで人がきてくれるか、ヘタをすれば借金が残るかも知れないという心配もあるわけです」(光山会長)
だが、一方においては「何もしないで、このままの状態がベストとは思えない。二一世紀に向かって新しい芸術文化の波がくるのだから、これに呼応して街の活性化にチャレンジしていく勇気も必要なのでは……。そうでなくては地域での競争に取り残されていくことになる」(村田英郎副会長)という考えもあり、商店会ではまだ方針を定めかねているといった状況のようだ。
初台駅の南口から商店街を一〇〇mほど南側に行ったビルの一階。この店はKFCの草創期の店舗で、オープンして二二年になる。店舗面積二五坪、客席数四三席。平成6年7月に客席を改装して、カウンター席を増やし、一人でも気軽に来店できるようにした。
これは昼間のランチタイム時にOLなど若い女性が多くなってきたからで、こういった客層への対応と効率を考えての客席改装だ。
この店はまたバブル経済以前は住宅立地として、ファミリー客などイートインでの吸引力が強かったが、最近は周辺にオフィスが増えてきたことから、テークアウト客が主流になってきた。
この割合はイートイン二割五分、テークアウト七割五分。客単価は昼五〇〇~六〇〇円。夜は主婦のテークアウト客が増えるので一〇〇〇円以上になる。
客層は平日の日中がOL主体、夕方から夜にかけては主婦やファミリー客。土・日は会社が休みになるので、やはり女性客やファミリー客が主体となる。
平均日商四〇万円前後だが、売上げを伸ばしていくために、今後デリバリー機能を付加していくことも考えている。営業時間は午前9時~午後10時30分。無休。
◆電話=03・5350・7
848
地下の改札口から北口に出てくると、本町一丁目商店会の通りだが、目の前に「松海寿司」ののれんが見える。
創業昭和3年というから、今年で満六七年の老舗ということになる。一階二五坪、カウンター席、テーブル席合わせ二八席、二階も同じ大きさの二五坪、客席数は和室で四〇席。
昼は午前11時から午後2時までランチタイム。メニューは江戸前、ちらしの並七〇〇円、中(一・五人前)一〇〇〇円、刺身定食、天ぷら定食各一〇〇〇円など。
夜は午後5時から10時までで、すし、刺身のほかに割烹料理(六〇〇〇円から)も提供、ネタの新鮮さは定評があり、地域一番店としての老舗の実力を発揮している。
客層は地元客から周辺オフィスのサラリーマンやOLまで幅は広い。
客単価は昼一〇〇〇円、夜四〇〇〇~五〇〇〇円前後といったところ。
「隣に新しい施設ができるのはありがたいが、うちは創業以来の精神と信念で、新鮮なネタを良心的な料金で提供していく、江戸前のすし屋はこれで勝負」(店主・紙田直道氏)
さすがは創業六七年の店舗のすし店、じたばたせずにネタの新鮮さで客のハートをつかむということのようだ。
◆電話=03 ・3376 ・0221