厨房新時代・電化厨房への道 熱効率はガスの倍、換気・空調コストも激減
電磁調理器の特徴は、直火を出さずに加熱調理ができ、熱効率がガスレンジに比べて優れている点にある。
それらは付随するさまざまなメリットを生み出す要因でもある。
出店場所や厨房内の機器のレイアウトが自由となり、厨房のスリム化が図れるほか、ダクトの設置も削減できる。つまり効率性重視の厨房プランが可能となる。直火を扱う厨房であれば、建築基準法、消防法、労働安全衛生規則により安全を図るさまざまな規制を適用されるのだが、電磁調理器では免除されるのだ。先の阪神大震災の波紋から高層ビルや地下街では直火に対する規制に一層拍車がかかるとみられるが、電磁調理器はそうした時代のニーズにもマッチしているのだ。
熱効率の高さは、ランニングコストの点でも効果を発揮する。加熱で発した熱量が実際に鍋に伝わる比率は、ガス四〇%に対し電磁八三%(日本工業規格、日本電気工業会標準)。
電磁は、ガスよりも高料金と思われがちだが、熱効率で換算するとむしろ安い(別表)。
熱効率の違いは、換気・空調の優劣やそのコストにも影響をおよぼす。熱効率以外の熱量は排熱となり、厨房空間を著しく熱したり、上昇気流を起こして油煙をまき散らすなど、厨房環境を悪化させる要因となっている。環境を改善する換気・空調設備費やそのランニングコストは、排熱に比例するわけで、比率でいうと電磁約二〇%に対しガス六〇%。換気・空調のコストについても電磁調理器はガスレンジの三分の一ですむ計算になる。つまり熱効率の良さと換気・空調コストをトータルした消費電力は、ガス厨房より電化厨房の方が低い(図1)。
コスト面、省エネルギー面でも電磁調理器に軍配が上がるのだ。
ほかにも掃除が楽であることや、使用しない時は作業台に使える利点がある。
環境やコスト面で効果を発揮する電磁調理器だが、調理やメニューの可能性にもさまざまな可能性をはらんでいる。
出力を電気で緻密に制御できるのが大きな要因だ。従来のガス加熱の場合、火の入れ加減には熟練が必要とされた。しかし、電気制御を活用すれば、緻密な温度管理が自由自在。最近はSCOの芯温センサーに似た専用の温度センサーも出回っており、あらかじめ調理時間内の段階的な加熱量や温度帯を機器にインプットすることも出来る(図2)。つまり食材の規格化さえクリアすれば、調理人にとらわれず安定した仕上がりが得られる。調理の数値化が可能になるのだ。
愛知県一の宮市の洋食屋「HONJIN」では、この機能をさらに特化させ、調理のマニュアル化に取り組んでいる。
メニューのレシピをFD(フロッピーディスク)に打ち込んで(一六~三二アイテム)、電磁調理器に連動させるものだ。電磁調理器がハード、メニューレシピがソフトとするシステムで、材料や温度帯、加熱量は画面表示で確認出来る。調味料や材料を投じるタイミングは、音センサーが機能して知らせる。
特に効果を発揮するのはスープ類などのゆで物で、仕込みについては無人の完全自動化が図れるという。一人のコックが三〇席をまかなう事実が同店の高効率を裏付けている。
電化制御のメリットは、鍋や鉄板焼などにも発揮する。客に加熱をまかせるそれらの料理は、店側が良い素材を揃えても加熱の技術で台無しにされてしまうケースが多く、以前から調理人のジレンマを招いていた。だが、ガスコンロを電磁プレートに転換し、加熱量をマニュアル化すれば解決できるのだ。直火を出さないパフォーマンス性や安全性はもちろん、刺し身やビールなど冷たいメニューを排熱の影響にさらすことも避けられる。
電磁ならではのメニュー開発も可能だ。東京・赤坂の鉄板焼「多美家」では、電磁調理器の高出力を活用したパフォーマンスを図るメニュー開発に取り組んでいる。
通常、客席のガスコンロで鉄板を使う際は、安全と排熱への配慮から出力の高い火力は敬遠される。そのため、高出力の火力を必要とするメニューについては厨房内で仕上げて提供するのが常識だが、電磁調理器にはそのようなわずらわしさはいらない。客の目の前で仕上げる演出がいずれのメニューにも可能という。例えば、フライヤーで揚げる春巻も、高出力の電磁調理器にかければキツネ色に発色するそばから楽しめるのだ。
効率、安全、環境、そしてパフォーマンスやメニュー開発、将来性に優れる電磁調理器は、使い方次第によってさまざまな効果があることで、今後の普及が楽しみである。
電磁調理器が抱える当面の課題は、価格や施工、それに規格化だ。
ガスレンジに比べるとやはり価格は高い。普及し始めで量産体制が組めないためもあるが、電磁ユニットの生産がか占化しているのも要因である。電磁調理器を販売する厨房メーカーは数十社あるが、そのほとんどは同一の電器メーカーから電磁ユニットの供給を受け、自社ブランド生産している。つまり末端価格の支配権は電磁ユニットの供給メーカーに依存していて、性能こそアップしても末端価格がなかなか下がらないのが現状。価格や技術力の競争原理を働かすには、電磁ユニットを供給する別の電器メーカーの存在が不可欠である。昨年度から数社の電器メーカーが電磁ユニットの開発へ本格的に乗り出した事例や、誘導加熱に関心を示すメーカーの増加は、今後の競争の活性化、メーカー参入の好機を招き、価格引き下げの好材料となろう。
施工時の課題は、電取法(電機用品取締法)に基づいていかに電力を省力化するかだ。電磁調理法の消費電力は一台あたり三~五キロワットが普通だが、五キロワットの場合は二台設置しただけで家庭用電力の限界(一〇キロワット)に並ぶ。業務用では低圧電力を使用するケースが多く、五〇キロワットが限界だ。それ以上になると、高圧電流を要するため、キュービクル(変電機)や管理責任者の設置を義務づけるほか、配線や電気料金も異なり、投資コストが膨れ上がる。
ユーザーは、既存の電気機器の消費電力量をよく把握したうえで、五〇キロワット以内に抑えるコンパクトな電化プランを作成することが得策だ。そのためにはメーカーによる省エネルギー開発や、キロワット・〓のピッチを細かく刻むなど用途に応じた製品のラインアップ化が必要だろう。また、ユーザーニーズを理解して的確にアドバイスできる厨房プロデューサーも今後必要となりそう。
標準化も課題である。電磁調理器の能力を最大限に引き出すには、機器と鍋の相性の良い選び方にかかっている。電磁調理器と鍋は、スーツの背広とスラックスとの関係と似ていて、双方の相性が合わなけれ作業に支障をきたしかねない。どちらかにバラつきがあれば、調理の数値化は難しく、鍋や機器自体に損傷を与える危険性もある。例えば、熱効率の悪い鍋に高出力の磁力を与え続けると、はね返った磁力で電磁ユニットの寿命を短くしてしまう恐れもあるという。
メーカーによる性能の標準化や、機器・鍋など組み合わせ別の発揮能力を表示する必要があるだろう。
電磁調理器は、単体では熱を発せず、ふさわしい鍋に遭遇した時のみ発熱する。
電磁調理器の原理で説明したように、一般的には、磁石にくっつく材質の鍋を乗せると、うず電流が起き、鍋の固有抵抗でジュール熱が発生、加熱される。
加熱に必要なうず電流を起こすものに、鉄、アルミ、銅などがある。また磁性のないステンレスも、鍋底の厚さを薄くすることで同じ働きをもつことができる。
約五〇種類はあると言われる鍋のうち、電磁調理器の機能を一〇〇%生かせる鍋は数少ない。既存のものを使う所もあるが、専用鍋も電磁調理器の普及に従い各メーカーから出されている。
例えば、錆に強く手入れが簡単なステンレスを、熱伝導率が低いため、熱伝導率の高いアルミや鉄、銅などをサンドイッチした三重構造の鍋。
このほか、テフロン加工した製品もあるが、傷になり易いという欠点があり、軽くて熱伝導率が高いチタン鍋も、火が入り易いが焦げ易いなど、それぞれ一長一短がある。
また、使い勝手からみると、鍋物や煮物、ゆで物などの鍋の中に水がある調理に対しては抜群の威力を発揮するが、ステーキやすき焼きなど水分が少ないものは、温度が過度に上昇し過焼防止センサーが働き作動を停止する。
市販の鍋で凹凸のあるもの、鍋底の薄いものを使用すると煙が立ったりするなど、電磁調理器と鍋の関係はとても微妙だ。
越前倶楽部オーナーシェフの堀田氏は、「鍋に対する意識改革が必要。使い捨てではなく、しっかりした良いものを長く使うべき」として、自ら専用鍋を作ったほどだ。
オール電化厨房でオープンした第一ホテル光が丘の千田調理部長は、「一年近く使ってみて、機器と器具が一体化していない。両方がピッタリいけば、もっと効率良くなるのですが」という。
こうした使用者をモニターに各メーカーは、さまざまな改良の手を加えているが、一体となるべき機器メーカーと器具メーカーとの横の連係プレーはない。今やっと、徐々にではあるが動き出そうとしているところだ。お互いに切っても切れない関係にある電磁調理器と鍋、ピッタリ寄り添う時が来ることを期待したい。