タイ 輸出や誘致が拡大
新型コロナウイルスの感染拡大を水際で食い止めているタイで、伝統産業である農畜産物を海外に積極的に輸出していくほか、海外からの農業投資を呼び込もうという動きが広がっている。世界屈指の農業輸出国でもある米国で豚肉の国内生産市場が縮小しているのに加え、ライバルとなるアジアの各国ではアフリカ豚熱(ASF)が流行しているという事情が背景にある。政府は今のうちに優位に立っておきたいと成長戦略を描くが、そのためには新型コロナを含む感染症の流入阻止が絶対条件となる。
タイ政府が今後、輸出を拡大したいと考えている農業産品は、豚肉や鶏肉の加工品、サバなどの魚介缶詰など。このうち、豚肉は世界上位の生産規模を持つ米国で、鶏肉は感染の拡大しているブラジルでともに新型コロナによる食肉加工施設の相次ぐ閉鎖から品薄となり、激しい引き合いが生じている。
農業・協同組合省畜産局によると、米国内ではこれまでに1万人、ブラジルでも数千人を超える食肉処理・加工事業者らが新型コロナに感染。このため施設そのものが稼働できなくなり、全米にある約100ヵ所の食肉処理・加工施設が閉鎖を余儀なくされている。
このうち、閉鎖された米国の豚肉関連の施設は4分の1に当たる25ヵ所。少し前までは日本を含む世界各国に米国産豚肉を輸出する生産大国であったのが、現在は国内需要さえ賄いきれず、輸入に頼らなくてはならない状況に陥った。一部州では早くも、豚肉の供給が逼迫(ひっぱく)する事態となっている。
一方、タイと同じ豚肉など畜産業が盛んな中国やベトナムでは、2018年以降、豚やイノシシが感染する家畜伝染病のASFが大流行。これまでに殺処分された豚は中国で約4億4200万頭、ベトナムで約2800万頭に上る。米国同様、輸出までは手が回らない状況だ。
こうした現状に目を付けたのがタイ政府だった。まずは、豚肉自給率が下がった米国に向けタイ産豚肉の輸出を加速。さらに、ASFの流行で自給ができなくなり昨年以降、米国産豚肉の輸入に切り替えたベトナムもターゲットとすることに。そのベトナムでは4月以降、米国産豚肉がほとんど輸入できなくなり代替地探しに懸命だ。華僑のネットワークを使った中国への輸出も強化する。
鶏肉についても世界最大の輸出国であるブラジルが今後、輸出量を減少させていくと見られることから、タイ産鶏肉の需要が増すと判断。国内のブロイラー生産が活性化すると見ている。ブラジルは昨年420万t余りを日本を含むアジアなどに輸出したが4月以降、そのシェアを落とし始めている。
プラユット政権では、外国企業に対し豚肉を含む農畜産物の生産をタイに移転する働きかけも強める方針だ。米国をしのぐ農業生産大国の中国ではASFがなおも終息せず、新型コロナの第2波も始まった。経済政策を束ねるソムキット副首相は、他のアジア各国の農業関連企業に対しても接触を開始。タイはあらゆる感染症についての制御ができているとして投資を勧めていく考えだ。
これに合わせて投資委員会も、タイに投資を決めた農業関連の外国企業については一定の期間、法人税を減免するなどの新たな優遇措置を実施する方針を明らかにした。最新のテクノロジーを使った水耕栽培による植物工場などが念頭に上がっているという。
タイ国内の新型コロナウイルスの新規感染者はこの約1ヵ月間ゼロで推移。ASFとともに感染拡大はほぼ封じ込めが図られている。政府は、陸上国境の監視を厳にするなど今後もウイルスの侵入防止に全力を挙げる。(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)