食の視点 一点勝負・おちゃのこ菜々(その6)アメリカだって野菜
●赤い・青いトマト
「フライド・グリーン・トマト」という映画、観たことがあるだろうか。ストーリーはともかく、中で青いトマトをフリッターのようにして揚げて食べる。アメリカ中部のひなびた田舎の味の漂う、料理とはいえない料理だ。
青いトマトといえば、日本でも、トマト農園を子供たちに開放して、もぎたてをごちそうしているというニュースを新聞で読んだ。トマト嫌いな子供でもペロリと食べるという中で、意外に人気の高いのが青いトマトだという。
フライド・グリーン、アップルという料理もある。粉をまぶして焼くソテー風のもので、甘酸っぱい香りの野生的といえばいえる、これもアメリカのオフクロの味。熟していない、未熟なという意味で使われることの多い「青い」野菜も、使いようではなかなかのものだ。
●エネルギッシュ
アメリカのグロサリーストア、スーパーマーケットを歩くと、圧倒されるばかりの野菜たちが待ち構えている。本当に待ち構えているようなエネルギーを感じる野菜や果物が、無造作に積み上げられている。
サンフランシスコでもロサンゼルスでも、アメリカの都市を車で二〇分も走れば野菜畑に出っ食わす。トマトであれ、キャベツであれ、キュウリであれ、見渡す限りの野菜。かぐ限りの空気が野菜と土の香りで満たされている。
サンフランシスコ近くのシリコンバレーのアーティーチョーク畑では、掘っ立て小屋でアーティーチョークを売っている。もちろん、お土産用のナマが主だが、片隅ではアーティーチョークの天ぷらを揚げている。新聞紙を三角帽子のようにしたものにいっぱい。あれでいくらだったかな。一〇〇円か二〇〇円か、そんなものか。
フランスのオードブルの小粋さはないが、熱くて甘くて苦くて、畑のにおいのするアーティーチョークが口の中で踊る。
玉ネギでもピーマンでも、ワンポンドいくらで売っている。四五〇gぐらいが買う時のひとつの単位なのだ。そんな野菜をたっぷり使って、ポトフのようなスープを作ってみたいなと思う。カブだってウリだって芽キャベツだってカリフラワーやグリーンピースだって、決して美人じゃないけれど、たくましく自分の味、雰囲気を出している。
アメリカが肉の国だってことは周知のこと。でも肉の合間にこれだけ力強い野菜や豆を食べていれば、健康と元気は保証されたようなものだ。
●男の味わいを
ロバート・パーカー原作のハードボイルドタッチの探偵物の主人公も野菜を食べる。一人者なので料理しなければならない状況なのだが、それにしても、日本の男性とは違って、料理することが様になっている。というところで、アメリカの男らしさは、大きなステーキ、骨付きのラムのソテーを豪快に頬張るシーンに象徴される。その裏にある哀愁、ペーソスのようなものを野菜が補う。
渋い演技の脇役、アカデミー賞助演男優賞ものだ。たとえば、キュウリのお化けみたいなズッキーニ。肉を焼いた後のフライパンに放り込んで、オリーブオイルで焼く。青臭さ、水臭さが入り交じって肉の雄々しさを薄めていくようだ。
あるいは、そのズッキーニに、ピーマンやらナスやらネギやらを加えてカポナータ(ラタトゥイユ)を作る。男っぽく、ザクザクと切った野菜を順序を考えずに(を装って)、オリーブオイルで炒める。一気に白ワインを注いで、手当たり次第の香辛料。材料が柔らかく煮えたら食べる。翌朝、冷めた奴を、薄切りのトーストにのせて、薄いコーヒーをすすりながら食べる。
西部劇の男らしさがよみがえるような一瞬。