食の視点 一点勝負・トン 豚 ton(その1)定番豚肉料理

1996.05.06 100号 23面

●トンカツ

サラリーマンなら月に二度や三度は昼食に食べているのではないだろうか、というのがトンカツ。昼にトンカツ定食食べて、家に帰ったらトンカツだったりして。肉の中でも比較的脂肪が少なくて、しかも良質のタンパク質とビタミン〓が多いことで知られる豚肉は、ご飯と栄養的にも味覚的にもよく合うし、年齢を問わず人気のある肉料理だから、こんな現象も日本全国で珍しくない。

日本人のトンカツ好きはさまざまなバリエーションを生んで、今ではチーズなどをはさみ込むはさみ揚げもトンカツ店のメニューの主流の一つに落ち着いている。チョコレートや納豆、あんこをはさむという仰天するようなものまで出ている。さらには、きしめんの上にトンカツを乗せたものまで現れた。変わったところでは、中にバターを包み込んで揚げたカツレツも、ロシア料理専門店では食べられる。また、ミラノ風カツレツと言えば、紙のように薄くした豚肉をカツのように揚げてトマトソースで食べるもの。

普通で言えば、ロースとヒレが主役、串カツとか、巻き上げカツ、メンチカツ、はさみ揚げカツがバイプレーヤーだが、ほかにも、カツ丼、カツ煮、カツカレー、カツハヤシと、登場人物は枚挙のいとまがない。

トンカツの有名店も多い。目黒のとんきは、だれもが知っている超有名店だ。浅草のかつ吉はいろいろなはさみ揚げが楽しめる店。銀座の煉瓦亭のわらじのようなカツレツは、肉のうまみを最大限に楽しませてくれる。ほかにも、渋谷の蓬莱亭やまい泉、上野のぽん多、双葉などがある。恵比寿のとんかつびっくりのボリューム満点のロースカツも今では多くの人に知られる所となった。

串揚げ専門店になると、五味八珍や串の坊のようなチェーン店が幅をきかせている。串カツだけではなくて、いろいろな揚げ物が次から次に出てくる仕掛けが、若者や外国人を中心に受けている。

ところで、子供のころ、バクダンというのを母が作ってくれたものだ。正式にはスコッチエッグというらしいが、牛肉は高価でミンチといえども簡単には食べられなかった当時では、豚のひき肉を使って作ったハンバーグ状の塊の中にゆで卵を埋め込んだメンチ風のものだ。中濃ソースかウスターソースにケチャップや洋辛子を混ぜたものをたっぷりかけた。子供の日のごちそうの思い出。

●焼き豚

初めて焼き豚と出合ったのは、向こうが透けて見えるほど薄く切ったラーメンの上のチャーシュウだった。それから、コロコロと小さめのサイコロに切った焼き豚の入ったチャーハン。たこ糸で縛って醤油主体のたれをかけながら焼き上げる和風の焼き豚から、中華街の店先にぶら下がっている赤くて細長い本格中国焼き豚、ローストポークなる洋風の焼き豚まで、生活の中でさまざまな焼き豚がアクセントを添えている。

本格中華では、焼き豚の入った豚まんや焼き豚と袋茸の煮込みがおいしい。焼き豚自体手間と暇をかけて作るもので、それをさらに料理の材料にしようという中国料理のどん欲さが、味の追求には欠かせない。それでも、懐かしいのは、ラーメンの汁に漬かっていて、控えめに顔をのぞかせていた、チャーシュウ。今は、三枚肉も上質のものが安価で手に入るので、自宅で焼き豚を作る人も多いらしい。そんな時、若い人は分厚く焼き豚を切り取って、たれを絡ませて食べるけれど、団塊の世代代表としては、薄い方が焼き豚らしさがあるような気がしてならない。

ごく薄く切った焼き豚を、フグの薄造りのようにして数枚をまとめて箸でからめ取り、これもまたごく薄く切ったキュウリと一緒に食べるだいご味も忘れてはならない。

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