トップの視点:叙々苑・新井泰道会長 全ての要望満たすのは焼肉だけ
◇(株)叙々苑代表取締役会長、事業協同組合全国焼肉協会名誉会長 新井泰道氏
◆健康志向追い風に焼肉料理へ発展 おいしさに執着した65年間に誇り
「一流のおいしさ」と「一流のサービス」を両立し「一流の焼肉」を追求し続けている「叙々苑」。トップの新井泰道会長は裸一貫から65年、外食屈指のブランドを築き上げると同時に、焼肉の旗手として業界の発展をリードしてきた。齢80を迎えた現在も向上心は変わらず、圧倒的な熱量を放ち続けている。「焼肉は最高最強の料理」だと胸を張る新井会長の持論を聞いた。(岡安秀一)
●健康志向は焼肉に追い風
–焼肉の現在地は?
新井 外食の勢力では焼肉一強だと思う。老若男女から支持され、客数を問わず使い勝手がよく、高価格でも満足感が勝る。また、主菜(肉)と副菜(野菜)のバランスがよく、定番料理のレパートリーも豊富。ご飯にもお酒にもよく合い、仲間や家族、接待や宴会でも利用できる。そして高級から安価まで予算に応じた店が身近にあり、「焼肉に行こうか」と言えば、誰もが笑顔になる。そんな全てを満たす料理は焼肉しかないだろう。
–さらに発展する?
新井 伸びしろは非常に大きい。健康志向を背景に肉と野菜のバランス摂取が叫ばれており、これが最強の追い風。焼肉はキムチをはじめ野菜料理が豊富。叙々苑でも野菜料理を目当てに来店する女性客が多く、キムチ、ナムル、サラダの3品が経営を支えている。肉に偏った焼肉専門店ではなく、肉と野菜をバランスよく提供する「焼肉料理店」が増えれば、焼肉はさらに発展し、市場の裾野も広がる。叙々苑はその先駆けだと自負している。
●価格で悩むより品質研鑽
–焼肉の課題は?
新井 焼肉に限らず外食全体に言えるが、「価格ばかり気にしている」のが問題だ。値上げや利益を考えるばかりで、「おいしさ」に対する向上心が欠けている。飲食業は価格よりおいしさが先だってこその商売。お客さまが店を選ぶ第一条件は「おいしい? まずい?」が普通。価格は二の次だ。おいしさを求め、数ある店の中から選んで来店してくれるのだから、その期待を裏切ってはいけない。お客さまの期待に感謝し、期待値以上のおいしさを提供するのが、飲食店の礼儀だ。おいしさが本物なら、物価高が叫ばれる時勢柄、お客さまも納得して応じてくれるはず。正々堂々と値上げすればよい。多少の値上げで客足が離れることはないだろう。
–おいしさの肝は?
新井 単純に経営者がお客さまの立場になり、おいしさへの満足を突き詰めることだ。おいしさは常に微妙に進化しているので、「これで完成」という終点はない。他の繁盛店を研究して、自分の店に足りない要素を謙虚に改善すべき。「なぜだろう」を考え続ける経営者は、常に「おいしい」を提供できる。「これでよい」と満足した経営者は、「おいしかった」と時代から取り残される。自身を厳しく律するためには「食い道楽」を極めることだ。一般的に食い道楽の経営者は、おいしさに厳しく、料理人に任せず、自身が納得するまで突き詰める。食い道楽こそ、飲食業の経営で一番大切な資質だと思う。
●高級よりも一流の美学を
–叙々苑はなぜ強い?
新井 一品一品の完成度が高いことだ。メニューは定番を中心に代わり映えしないが、一品一品のおいしさに絶対的な自信があり、「叙々苑は間違いがない」という評判が定着している。また、いつもの定番料理でも、お客さまが気がつかないように毎年微妙に進化させているので、常に時代の味にマッチしている。そうした「おいしさへの執念」が突き抜けているのだ。私自身「おいしい」と満足されるのが至福の喜び。「まずい」と言われたら、悔しくて、悲しくて、耐えられない気持ちになる。そんな私の思いを全社員が共有してくれているから、全店直営で同じおいしさ・同じサービス・同じ価値をブレなく提供できる。「おいしさに対する執着・熱量・圧力」こそ、叙々苑の繁盛を支える原動力だ。
–高級を突き詰める?
新井 実はそれほど高級を意識していない。なぜなら叙々苑は高級ではなく「一流」を目指しているからだ。料理、接客、内装など全てにおいて一流を追求した結果、お客さまが高級と受け取り、口コミで高級イメージが定着している。とてもありがたいことだが、私の真意ではない。「一流=高級」は誤解だと思う。高級は金銭的な資本力で作れるが、一流はそう簡単には作れない。一流には独自の「哲学・創造・技術」が必須。それを極めてこそ一流と認められる。つまり高級は物理的な「モノを追求」した結果であり、一流は感性的な「コトの前提」が先立つといえる。
●もみダレの重要性を見直そう
–焼肉業界の展望は?
新井 焼肉の伝統や常識が揺らいでいるのが問題。肉のごちそう料理といえば、焼肉、ステーキ、しゃぶしゃぶ、すき焼きが挙がるが、なぜ焼肉が圧倒的に強いのか考え直してほしい。肉自体に味付けしているのは焼肉だけ。焼肉はもみダレを絡めた段階で味覚の8割は決まっている。もみダレを炙ると食欲を誘う香りが立ち、食べると心地よいもみダレの風味が鼻に抜ける。もみダレこそ焼肉が誇るおいしさの神秘性だ。しかし近年は、その神秘性が軽視され、素焼きの焼肉も増えている。しかし、もみダレに絡めない単なる肉であれば、いずれ精肉店の肉と比較される。どんな高級な肉であろうと、お金で買えると思えば、そこに神秘性は感じられない。決して素焼きを否定するつもりはなく、お客さまが喜べば、それでもよい。だが、焼肉を名乗るなら、肉の品質やブランドに頼ることなく、もみダレの調味技術を極め、独自のおいしさで勝負してほしい。
–ありがとうございました。
◆略歴
新井泰道(あらい・たいどう)=1942年、神奈川県横須賀市生まれ。58年、15歳で東京・新宿の「明月館」に就職、16歳で東京・神田の「大同苑」に移籍し19歳から料理長を務める。72年、14年間の勤め料理人を終え、東京・神楽坂の「食道園」を継承し独立。76年、東京・六本木に「叙々苑」を創業。以降、外食屈指の店舗売上げを継続。「おいしさが最良のサービス」を理念に高級焼肉の分野を開拓。焼肉を焼肉料理に発展させた。また全国焼肉協会の要職を通じて後進育成に尽力。焼肉業界の技術向上と消費拡大に寄与した。2017年「黄綬褒章」受章。
◆会社概要
社名=(株)叙々苑/本社所在地=東京都港区六本木6-1-24ラピロス六本木/店数舗=直営70店舗/従業員数=約3,700人(社員約1,100人)/事業内容=叙々苑を基盤にブランドを生かした市販食品事業を幅広く展開。※いずれも2022年12月現在