だから素敵! あの人のヘルシートーク:女優・木の実ナナさん
昨夏、江戸開府400年記念で出雲阿国(いずものおくに)のミュージカル『阿 OKUNI 国』を8年ぶりに演じた木の実ナナさん。初演は14年前、それから5回目の再演となる。ミュージカルの女王が「これは私にとって特別」という舞台の裏話、ショーガールの元気の秘訣などじっくり伺った。
「いつか阿国を演りたいんです!」といろいろな方に長い間お願いして初演が決まった時も嬉しかったけれど、今回も最高でした。
デビューから大先輩の方々の「阿国」を拝見してきました。けれど実は何か違うなという思いがあって。本を読んだり知識のある人に聞いたり。そうした中で段々分かってきたことがありました。
ずっと演じられていた阿国さんは、能や狂言のようなすり足です。芸能が貴族や男たちのものだった時代に、女の身一つで、老いも若きも子供をも大衆を熱狂させ、夢と元気を与えた舞台が、果たしてそんなものだったのか。
日が昇れば起きて働き、暗くなれば寝る娯楽のない毎日。そんな時代、そんな暮らしの中に彗星のごとく「みんな、元気かーい」と現れて、クタクタに疲れた人たちに「よし、明日も元気に生きようじゃないか」と思わせてくれた、阿国さんはそんな人です。
阿国さんがいなかったら、芸事なんてお能だけで終わっていたかもしれないし、自由に踊ったり歌ったりできなかったかもしれません。だから私、悩んだ時「阿国様、どうしたらいいでしょう」と呪文のように唱えているんです。結局は自分で結論を出すんだけどね。シンデレラに出てくるカボチャの妖精みたいなビビデバビデブー、ある時は厳しくある時は優しくアドバイスしてくれる、私の神様、最高の大先輩、そして一番厳しい批評家と思っています。
三代続いたチャキチャキの江戸っ子です。向島の生まれで父親はトランペッター、母親は踊り子。粋な黒板塀ごしに芸妓さんの三味線が聞こえるし、米兵が行き交いブルースやジャスも流れる。和洋の文化が何の垣根もなく混在していました。世代も職業も一切差別のない街。大人がすごく優しくて、全部の大人が私の人生のお師匠さんで、自分がいいと思うことだけを考えているといい様になっていくことを、教わりました。そんな私にも大きな試練の時期がありましたけれど。
二〇代前半から半ばにかけて。所属事務所からアメリカのナイトクラブの仕事を与えられました。当時の日本の芸能界は一〇代でなければいい仕事なんてなく、二〇代になったらもうオバさん。私は家族の生計も支えていたしイヤとは言えず、日本を飛び立ちました。けれど気持ちは萎えてしまっていて人に会うのもおっくう、つらい毎日です。
その頃、三島由紀夫さんの割腹自殺があってニュースをテレビで見たことを覚えています。アパートのオーナーが「サムライ セップク!」と叫んでいた。「三島由紀夫さんはそれだけの思いがあって自害したんだ。私はどうなって死ぬんだろう、死なないで現状から少しでもはい上がるにはどうしたらいいだろう」、と。
そのすぐ後、転機がやってきました。ある日本人のご夫婦があまりにも外に出ない私を心配し、ラスベガスに連れて行ってシャーリー・マクレーンさんを観せてくれたんです。踊りの神の化身のような素晴らしい舞台を前にその人が、「三〇代のシャーリー・マクレーンはアメリカではまだよちよち歩きだよ」と言う。超一流の大スターもこの国では、やっと認められこれから磨いていくところなんだと説明されて、私は目からウロコがとれたような気持ちになりました。
四〇代の終わり頃、ひどいうつ症状になって四年間ほど苦しんだ時代もあります。それが更年期障害だと分かった後、立ち直りは早かったです。その経験だって今度の舞台の糧になっています。悲しみの場面で、演出家の先生に「わあナナさん、成長したね」と驚かれたぐらい。
一〇代でちょっとしたヒット曲が出ていたら、いまこうやって好きなミュージカルやテレビのドラマシリーズを持たせてもらっていたかどうか。心のひだをたくさんもっていれば、それをいろんなものに置き換えられる。幸せになるのは遅ければ遅いほどいいなと思います。
そういえばフランス文学者の中村真一郎先生と対談した時、「女は六〇代になった時、初めていい女と言えるんだよね」と言われたのですが、四〇歳そこそこの私は「はあ?」という感じでした。先生は「これが分からないようじゃダメだね。それを育てる男も少なくなってしまったけどね」と。でもいまなら分かる。すごく心強い感じがします。
あと三年、その時点でかっこいい女だったらな、と思います。「かっこつける」のはイヤなんです。周りから見て「自分だけがそう思っているんじゃないの」というようなのはね。「かっこいいね」というのは感動でしょう。「そこまでやるか、この馬鹿が」と言われるのを覚悟でやらなくては。
下町育ちのやんちゃなショーガールでずっと来た私です。そのルーツには阿国さんがあるんだと自分で勝手に思っています。客席と舞台が一体になって、目に見えない炎や泡がウワーッと出てくる元気教みたいなミュージカル。五〇代のいま、八年前より息も上がらずパワフルにできた。六〇代になってもぜひ演じて、「あの人は何なの」と言われたいですね。
(取材協力=東京・西麻布 珈琲れいの)
◆ナナ流美容・健康法 朝晩の氷洗顔、夜のストレッチ
実年齢が信じられない木の実ナナさん、「いい習慣をクセにしてしまえばいいんです」という。ちょっと美容法を披露してもらおう。
綺麗な肌の秘訣は、三五年続けている朝晩の氷洗顔の成果という。
「まず洗顔料を使って汚れを落としてから、洗面器に水と氷を準備します。その中に息が続くまで、できるだけ長く顔をつけておくのです。ジーンと気持ちの良い刺激が顔に伝わるのを確かめながら、何回か繰り返します。最後に氷水で顔をパンパンとたたいてパッティングすれば完了」。
これは日々のお手入れで、シミができてしまった時は氷マッサージというスペシャルケアをするという。「直径七~八センチの丸いタッパーにミネラルウオーターを入れ、冷凍庫で凍らせた氷をシミのできた部分に当てて、クルクルと軽くこするようにマッサージしていきます。何日か続けると、だんだん肌のキメが整い、そのうちにシミの色が薄皮をはぐように薄くなってきます」。
踊りで過酷に使っているので足も氷を使って丁寧にケアする。
「二つの洗面器に一つにはお湯、もう一つには氷水を入れておいて、交互に足を入れます。冷え性も治ってしまいますよ」。
夜のストレッチも欠かさない。
「お風呂の中でもタオルを使わず手に石鹸をつけて、その手で身体中をこすればストレッチになる。どこか調子が悪くても手の甲でこするから良くなるし、ケガや吹き出物もすぐ気づく。お風呂上がりにもう一度、つま先から股関節、腰、肩……全身をまんべんなく伸ばします。身体が硬くなっている人は心も硬くなっている証拠。でもどんなに硬い人でも、毎日最低一回、できれば二回続けたら、一週間で変わります」。
◆プロフィル
きのみ・なな 1946年東京生まれ。62年、16歳で歌手デビュー。69年から渡米し帰国後、本格的にミュージカルの道へ。74年からスタートした『ショーガール』は通算547公演、60万人を動員。著書に『キラッ!と女ざかり』(PARCO出版)など。