だから素敵! あの人のヘルシートーク:フリーアナウンサー・小林節子さん

2004.09.10 110号 4面

ウイークデーの夕方、『レディス4』(テレビ東京)の中でキャスターとしていつも変わらない笑顔を見せている小林節子さん。「20年間、月曜から金曜までの生放送で、病欠は一度もなし」の元気はつらつぶりの一方で、超高齢のご両親と一緒に東京と週末の長野を移動するプライベートを実践している。「介護」を介護の時期として過ごすだけでない、新しい家族・生活のスタイルを模索中という。

‐華やかなタレント業と並行しながら、ご両親と介護を伴う生活を続けておられると伺いました。どうやって時間をやりくりされているのですか。

九七歳の父、八八歳の母、そして五九歳の私、そして仲間たちとで、新しい家族のライフスタイルを、実験しているということでしょうか。

現在の東京の住まいは目黒区のマンション。私は四〇代半ばまで両親と横浜の実家で暮らし、その後仕事に専念するため都内で一人暮らし、週末だけ実家に帰っていました。八〇歳になった母の異変に気づいたのは八年前です。結婚して別の世帯を構えてきた四歳年上の兄夫婦もいましたが、長年身近に接していた私の方が母の軽い痴呆に対してショックが大きく、「これは一緒に暮らしていかなくては…」と。

坂の上の古い洋風屋敷は大変なので、都内のマンションに移って。快適な生活を探し当てるには一直線にはいきませんね。いろいろあって、いまのマンションにたどりつくまでに三回の引っ越しをしました。

今日のスケジュールですか。デイサービスを受ける両親を10時に送り出すため、8時に二人を起こしました。私は5時半に目が覚めました。眠い時はもう一度寝てしまいますけれど、今日は気分的に快調だったのでシャワーを浴びてひと仕事。溜まっていたメールを全部読んでお返事、それに忘れていたお礼状も書いて8時。父は問題ありませんが、母には着る物をセットしてあげて。両親の着替えの間に洗濯。ご飯を食べさせて自分の衣装をセットします。

11時にテレビ局入り、そしてこのインタビュー。この後はメークをし直して、午後1時から商品情報のリハーサル、ゲストとの打ち合わせが直前まで。本番が4時から5時。終わって三〇分翌日の打ち合わせ。何もなければそのまままっすぐ帰りますが、今日は久しぶりに友だちと会う計画を立てています。両親にはヘルパーさんが迎えに行くよう手配して、9時には帰るので二人でお茶でも飲んでいてね、と言ってきました。

まず両親のスケジュール、プラス私のスケジュール。そういう計画の中で毎日動いていくのは、頭の訓練にもなります。大変ではない、面白いです。スリリングでもありますね。一つこけたら危ないんじゃないかという感じで(笑)。

‐さらに週末は三人で三時間のドライブをして、八ヶ岳山麓・原村への移動生活をされているとか。

日本一日照時間が長い一帯で、縄文の昔から聖地とされてきた所です。諏訪御柱祭りの御柱もここで長い時間をかけて育てられます。祭りの取材帰りにこの地を訪れて、すっかり気に入ってしまい、友人を介して築二〇年の中古ペンションを買いました。

都心の2DKマンションの予算で、三〇人分の什器やベッド、リネン類が手に入れられて。それからこの母屋の庭に、五〇人は入る三階建て吹き抜けホールをつくり、「リングリンクホール」と名付けました。ここでミニコンサートや展示会を行うこともあるので、原村では常に大勢の仲間たちとの共同生活です。

私は横浜の下町育ち、家は映画館でしたから、それこそいろんな人が出入りして。それが大人になって田舎もなく、東京の賃貸住宅で隣は何をする人ぞ…という生活をしていると、地域の人と仲良くするコミュニティに憧れてしまう。それがこういう形で実現したんです。我が家は完全なオープンハウスで誰でも受け入れます。オーナーである私も誰がいるのか分からないくらいで。地元の人、ペンションの奥さん、別荘の人、楽器・家具を製作するアーチスト、年齢も職業もさまざまな人たちが自由に出入りします。おかげで広いキッチンには地元で採れた野菜や卵がいつもいっぱい。

この環境、父と母にとってはそれは刺激になります。夜は合宿みたいにお食事をし、ワインを飲みながらみんなでいろんな話をして。父と母も一緒になって、みんなの話を聞いています。この前はたまたま歯医者さんがいて、「飲み込む力が少し落ちてきているみたいですね。とろみをつけてあげるといい」とアドバイスしてくれました。自分の親なのに、人から言われないと気がつかないことってあります。ホント、コミュニティってありがたい。情報の宝庫みたいなものです。

‐タレントさんにとって「家の中に知らない人がたくさん」という環境は、ストレスになりませんか。

父と母の介護が始まった時、格好をつけるのは無理だ、見せられるものは全部見せてしまおうと覚悟を決めました。これからの超高齢化社会、私自身もその中の一員になります。それに対して一つのテストケースだと思っています。血のつながっていない家族とどこまで一緒に暮らしていけるか。孫がいて一緒に楽しく暮らしていく家族もあるし、一方でこういう暮らしぶりもあるのではないでしょうか。

父と母に対してはこういう思いです。私は独身なので子育てをした経験がありませんが、いまそれをやっているんだなと。二人は子供みたいに、こちらの精神状態で不安になったり微妙に変化します。

一つの生命体としてこんな世界に生まれて、子供は不安だらけですよね。その時に「安心しなさい」と言って背中を叩いてくれた親には、どんなことがあっても返さなければいけないんじゃないかな。いま、父と母も同じようにその不安を取り除いてくれることを求めています。人間いつか皆死にますが、赤ちゃんに戻るということ、これから死んでいくこと、どう死ぬかということ、どれをとっても不安なんだと思います。その不安の要素を「大丈夫、大丈夫」と取り除いてやる。

「私に任せて!」と常に落ち着いていなくてはね。慌てている時も精神状態をちょっと落ち着けて、ゆっくりしゃべる心がけをするようになりました。そういう意味ではアナウンサーとしての訓練にもなってます(笑)。

年を取って自分を人に託さなければならないというのは、どういうことなのか。自分自身の問題として、そういうことを経験の中で勉強している感じです。

‐フリーアナウンサーの小林さん自身が元気でいるため、どんなことを心がけているのでしょうか。

節制をしているつもりはないですが、自己コントロールが自然にうまくなっていくというのはあります。

フリーになって二五年以上。定期検診は一度も受けていませんが、逆に自分の身体の声を聞くことはしていますね。朝起きて鏡を見た時の顔の色、目の輝きとか、気分とか。良くなければ「きょうは早く帰って寝よう」と。

科学的根拠がある話ではありませんが、例えばがんにしても、私はこんなイメージを持っています。毎日身体の中にできては消え、できては消えているもの。たまたまできた時に調べたら「もう何段階だ」と、反対に自分の自然治癒力で何とかしようと楽しく考えていれば、それは自分の細胞の一部だからイボのようにまた消えていくんじゃないかな。

「こうしたら健康にいい」みたいなことは父にはあてはまらないようですね。九七にして十分元気な父の食事は日本型食生活にはほど遠く、どんなにおいしく煮物を作っても食べてくれません。お袋の味みたいなものはダメで、朝はオートミール、好物はほんの少しのお肉、ウナギ、そして生野菜のサラダ。

私は、食事は和食好きで納豆に味噌汁。朝は、一晩かけて戻したコンブにカツオのダシを入れて、原村から持ってきた野菜を入れて雑炊にしたり。オートミール好きの両親にもたまには食べさせます。

◆プロフィル

こばやし・せつこ 1945年、福島県生まれ、横浜育ち。68年、慶應義塾大学卒業後、(株)フジテレビジョン入社。74年退社後、フリーとなる。現在、テレビ東京『レディス4』(毎週月~金)に出演しているほか、ラジオ・ナレーション・シンポジウムなどで活躍中。

テレビは不特定多数の人に見てもらうので、自分は一体誰に情報を送っているのか、分からなくなる時があります。ある時から、私は入院している方々にインフォメーションを送っていると想定してみました。明るい情報。未来のある情報。その人を傷つけない、最低限のマナーを守って。「病院を出たらこんな楽しいことがあるんだ」と思ってもらえるように。キッカケは、「あなたの笑顔が嬉しかった」という病気の方からのお便りです。「いつも笑顔」というのはある意味抵抗もありますが、このお便りで初心に帰れ、すごくラクになりましたね。

◆リングリンクホール

2000年にスタートしたリングリンクホール。永六輔さんのトークショー、ピーコさんの「シャンソンとおしゃべりの夕べ」、松島トモ子さんの「ティーパーティー」、藤村俊介さんの「チェロ演奏会」など、小林節子さんと親交の深い人たちのイベントが開催された。「気楽なリラックスした集い」とのこと。誰でもふらっと参加できる。先月のこの日は、永六輔さんとフォークシンガー小林啓子さんのジョイントで、おしゃべりと歌の楽しいひとときが流れていった。

■今後のイベント予定。

9月25日(土)18:00~ 「馬頭琴と朗読の夕べ」

10月16日(土)(予定) 森ミドリさんの「チェレスタの夕べ」

■問い合わせ 電話0266・75・3727

http://www.ringlink.net

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