ようこそ医薬・バイオ室へ:「エコノミークラス症候群」は庶民しか起きないか?

2001.04.10 68号 6面

今年初め、新聞に「一年間で世界中の空港に到着した英国人約二千人以上が“エコノミークラス症候群”で死亡している」という記事が載った。ロンドンのヒースロー空港を担当するアシュフォード緊急病院の医師チームが推測したもので、同病院だけで到着直後の乗客のうち一カ月に一人は血栓症が原因で死亡していることから、帰宅後数日して死亡するケースも含めると、それくらいの数字になるという。

最近、テレビや新聞で「エコノミークラス症候群」が騒がれている。ご存知の方が多いと思うが、少し説明すると、飛行機などの狭い座席に長時間座っていると、血行が悪くなり太腿の奥にある静脈に血のかたまり(深部静脈血栓、DVT)ができることがある。特に乾燥している飛行機の中では血液中の水分が減って粘度が上がるため血栓ができやすく、到着地に着いて歩いている間にその一部がはがれて血流に乗って、足から肺や心臓、脳に移動すると、肺塞栓や心臓発作、脳卒中を誘発する恐れがある。

最初に報告されたのは一九六八年のこと。ファーストクラスやビジネスクラスよりも、エコノミークラスの利用者にかかりやすいのがネーミングの由来だが、単に飛行中にトイレに行きやすいか、そうでないかが大きく効いているようである。エコノミークラスの乗客は絶対数が多いのでこんなネーミングになったが、ビジネスクラスでも起こっているのでネーミングを変えるべきだと航空会社は主張している。

メルボルンの法律事務所では、DVTの被害者や遺族約八〇〇人が原告となり、世界各国の航空会社二〇社に対して集団訴訟を起こす準備が進められている。航空会社が乗客への警告を怠った責任などが追及される見通しである。このため、日本航空の株価が今後の訴訟を見越して下がっているらしい。

一般に中高年や肥満の人が発症しやすいと思われていたが、シドニー五輪に参加した英国の三選手が、大会前にオーストラリアへ向かう機中で、「エコノミークラス症候群」として知られる血栓症にかかり、治療を受けていたことを、三人の治療にあたったオーストラリアの医師が明らかにした。 同医師によると、「DVTは五輪選手のように、よく運動している健康な若者にも起こりうる。三人の場合は発見・治療が早かったため、命に別状はなかったが、条件がそろえば誰でもかかる危険がある」として、注意を呼びかけている。

この問題はイギリスやオーストラリアなどの島国が敏感で、ドイツやオランダは「DVTと長時間フライトの因果関係はない」と発表している。オーストラリアなどは世界のどこからでも長時間のフライトが必要なため、観光が国の大きな収入源であるだけに、対策にも積極的のようである。

しかし、何時間以上座っているとDVTができるかについては全く分かっていない。座ったままの状態は、盆暮れの車での帰省や長距離バス、劇場でも起こることなので、とにかく「トイレに立つなどして足を動かす」「水分を取る」「アルコールは控えめ」の三原則は守ったほうが良いようである。特にアルコールは、人によっては「水」のようなものでも、後で喉が乾くことからも分かるように利尿作用があり、身体から水分を奪うので要注意である。

蛇足だが、バレリーナの森下洋子さんは、飛行機内では必ずスウェットに着替えて、通路で柔軟体操をするという。

もちろん身体がなまらないためにするのだそうだが、彼女は絶対「エコノミークラス症候群」にはならないであろう。

妻曰く「あの人やから柔軟体操ができるねん。素人がいきなりやったら変人に思われるし、第一あの狭い通路ではできへんで」。

確かに、彼女ならではの名声と身体の柔らかさのたまものであろう。

(新エネルギー・産業技術総合開発機構 高橋清)

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