ようこそ医薬・バイオ室へ:狂牛病、本当のところを分析する
9月10日、国内で初めて狂牛病の牛が見つかった。農水省が正式に認めたのは同月25日で、畜産農政と深くかかわる問題だけに行政側の対応に及び腰の感があったものの、と畜場に搬入されるすべての牛について10月18日から検査が始まり、一応の決着がついた。
もっとも今年6月、EUは報告書の中で、五段階のリスク基準を設けて、すでに狂牛病が確認されているフランスと同じ中間の三と日本を評価していた。つまり日本で狂牛病がいつ発生しても不思議ではないと警告していたわけで、恐らく関係者の間では、驚きとともに「ついに」という感じだったのではないだろうか。
ま、ここで狂牛病について、簡単に生物学的に説明すると、伝達性海綿状脳症ともいい、牛の脳がスポンジ状に小さな穴がたくさん空いて、起立不能などの症状を示す中枢神経系の疾病である。原因は異常プリオンというタンパク質で、このプリオンを発見した米カリフォルニア大学のプルシナー教授は一九九七年にノーベル賞を受賞している。
プリオンタンパクは、ヒトでは第二〇番染色体の短腕に存在するプリオン遺伝子が産生する糖タンパクであって、プリオン遺伝子は哺乳動物から酵母にいたるまで見いだされている普通の遺伝子である。プリオンタンパクの機能はまだほとんど分かっておらず、運動を支配する神経細胞の維持や、睡眠調節にかかわっているらしいという報告がなされている。
で、正常プリオンタンパクと異常プリオンタンパクは、構成する二四五個のアミノ酸が全く同じで(つまり遺伝子の異常ではない)、ついている糖鎖の違いによって立体構造が異なっているだけなのである。
正常プリオンが何らかのきっかけで異常プリオンに変わったり、外から異常プリオン(病原体)が接種されると、この異常プリオンは正常プリオンに働いて、それを異常プリオンに変えていく。その結果、異常プリオンがゆきだるま式に増加するという新しいタイプの増殖反応である。
英国では、これまで一七万頭の狂牛病の牛が発見されているので、実際は一〇〇万頭以上の牛が狂牛病に罹っていたのであろうといわれている。一方、現在までに狂牛病からの感染といわれる新変異型ヤコブ病患者が一〇七人報告されていて、単純計算でいくと、一万頭の狂牛病の牛から一人の感染者が出る確率である。また、一九八八年7月に、たとえ健康そうに見える牛でも、牛の組織を他の牛の餌にすることを禁止し、牛の間で食物連鎖を断ち切った。そして、一九八九年末に、すべての牛に関して、脳、脊髄、扁桃、脾臓、胸腺、腸といった内臓を人間の食用にすることを禁じた。
わが国でも冒頭に述べた全数検査が始まり、肉骨粉の飼料への使用が全面禁止になったことで、先の確率から考えても、それほど過敏になることもないと思っている。また、これらプリオン病に対する薬の開発も始まっていて、わが国でも理研が植物性色素の中に正常プリオンを異常プリオンから守る物質を発見。九州大学のグループは泌尿器系の薬剤がヤコブ病の進行を抑えることを発見し臨床試験の承認申請を行っている。ほかにも、国立精神・神経センターで異常プリオンの増殖を抑える抗体を開発したり、プリオンの発見者であるプルシナー教授はマラリアの治療薬と精神分裂病の治療薬に効果があることを見つけている。
先日、ヨーロッパ出張から帰ってきた同僚が、向こうではレストランにも鶏しかなかったらしく、「シャブシャブが食べたい」と言うので食べに行った。さすがに、「モツ煮込みが食べたい」と言っていたら遠慮したかもしれない。
(新エネルギー産業技術総合開発機構 高橋清)