ニオイを健康生活の味方に! 職業臭・習慣臭は大人の魅力

1996.05.10 8号 3面

若鮎がいまの時期、独特の香気を持つのは川底の新鮮な藻を食べているから。ヒトだって同じで食べる物や生活習慣で体臭は変わる。一方で、ヒトは自分の周囲のニオイを感じてそれを健康生活に役立てている。良い香りが、精神・肉体の両面をプラスに導くのはいまや常識。ここでひとつ、もう一歩つっこんで香りとニオイの健康学をお勉強してみたい。

まずはヒトがニオイを発する個体である部分から考えたい。専門家によるとヒトの体臭を構成するものには、三種類の要素があるという。一つめは先天的な体臭。脂肪酸とかたんぱく質の分解成分が入った哺乳動物共通の動物臭や、人種・種族に共通した種族臭。

二つめは後天的な体臭で、これには魚屋さんが魚くさい、お医者さんが薬臭いといった職業臭と、漬物臭いとかニンニク臭いといった食習慣や生活文化からくる習慣臭がある。目が見えず耳が聞こえず話すことができない三重苦を抱えながら社会事業家となったヘレン・ケラーは、その代わり非常に敏感な鼻をもち、服についたわずかなニオイからもその人がどんな職業でどんな所にいたのかを類推できたという。そして残したのは次の言葉だ。「大人には人格を表わすニオイがあり、乳幼児にはそのニオイがない。大人でも固有のニオイがない人は、生き生きとしておらず面白みに欠けている」

先に挙げた二つは、ヒトの体臭としてあるべきもの、なかったら困る要素だが、最後の三つめは逆に放っておいてはいけないものもある一時的な体臭。注意しなくてはならない理由は、ここに病気を示唆する要素が含まれているからだ。

アメリカの科学コラムニスト、ルース・ウィンターによると、ある病気にかかった患者は、特定のニオイがするという。たとえば湿疹患者はカビ、ペスト患者は腐りかけたリンゴ、糖尿病患者は熟した果実、腸チフス患者は焼きたてのパン、はしか患者は新しくむしった羽毛のニオイ‐‐といった具合だ。

ここまでの深刻な状況でなくとも、ヒトの体臭は緊張や興奮、おそれや不安で急に動物的に変化することがある。自分の体臭や口臭の変化をチェックできれば、病気や精神的トラブルの診断を助けるのに大変役立つわけだ。

マイナスの要素のない恒常的体臭は自分の個性としてぜひ肯定したいものだが、「できればもう少しいいニオイに変化させたい……」という希望を持っている人には耳よりなお話を。いにしえの中国の医学書には、服用すると体臭を良くする「体身香」という薬が紹介されている。クローブ、じゃ香、甘松香、桂皮などを粉末にして練り丸薬にしたもので、三日間これを服用すると口中から芳香を発し、五日目にはこれが身体からかもされるという。

体臭チェンジへの願望は民族的な伝統なのか、最近香港ではバラの花のお茶を飲み、体臭をバラの香りにするのが流行っているらしい。日本でもこの流れを受け、中国茶にバラの花びらをプラスした商品が発売されている。(その他、口臭・便臭予防の商品群は12面に掲載)

しかし、お助け商材を症状に応じて賢く活用するのはいいが、体臭の基本的改善は、あくまでもバランスのとれた食生活に気を配ることであることをお忘れなく。

こんな実験がある。目隠した人に食べ物を食べさせる。その時、鼻に空気を送り続けてニオイ物質が口から鼻に入らないようにしておき、その食べ物の味を当てさせるのだ。さてその正解率だ。目隠しだけの場合は六〇%に達したのに対し、ニオイを抹消した場合はどうか。なんと一〇%にも満たない結果になってしまったという。私たちはそのくらい、鼻を使って食事を楽しんでいるのだ。

それが証拠に、アメリカのある精神医学者は、嗅覚を失った患者の三分の一は、食べることに楽しみがなくなり、体重が減少し、神経性の食欲不振に陥ったという報告をしている。

食生活だけでなく、嗅覚の機能が低下するということは、危険を察知して生命の安全をキープするヒトの動物としての生命力そのものが低下したということ。嗅覚の鋭敏さは年齢よりも若々しいフレッシュさを維持していくためのひとつの条件だ。

とはいっても嗅覚も他の五感同様、若い年代のうちが敏感で二〇歳がピーク。その後は次第に減退する。しかし嬉しいことに一方で、嗅覚は他の五感より再生能力があるという。能力を維持するには、たくさんの「良い香り」を嗅いで刺激を受け続けること。そうすれば確実に、年齢よりも若々しく健康でいられることにつながる。

さて、ここでお立ち会いとなるのが、それでは良いニオイとは何かという問題だ。花や果物のような万人に好かれる香り、逆に腐敗臭や紙が焦げるようなヒトが生理的に受け付けないニオイであれば、良い、悪いの判断はつきやすいが、その中間にあるどちらでもないニオイというのが世の中にはたくさん存在する。これらをどう判断するかは、不思議なことにその人のそれまでの体験、人生経験によるらしい。

嗅覚は、五感の中で最も“心に働きかける感覚”だ。嗅覚刺激をキッカケに何かを思い出したり連想したりという一風変わった経験は誰もが一度はあるはず。たとえば学生時代の友人と久しぶりに会い当時よく飲んでいたシナモンティーを注文したとする。と、その香りを嗅いだとたん、その頃の様々な思い出、エピソードが鮮やかによみがえってきたというような話だ。このような現象は「プルースト効果」と呼ばれている。

一般的には多少いいと思われる匂いでも、イヤな経験と結び付くとその人にとってはイヤな匂いになるという嗅覚のパラドックス。反対にポジティブに明るく楽しい気持ちで毎日を過ごしていけば、年を重ねるごとに自分にとっての良いニオイは増えていくのだ。

一般的に誰もが好む良いニオイ、アロマ(芳香)を用いて、精神と肉体の両面をテラピー(治療)する方法はすでに企業や家庭、医療の現場でも大いに取り入れられている。ある種の香りが徘徊する高齢者の精神を休めて落ちつきを取り戻させたり、うつ症状の患者の抗うつ剤減少を可能にしたり……という医療最先端現場からの報告もある。

社会のパブリックなシーンでも意外なところで実はアロマが大活躍。たとえば阪神大震災の救援活動においては、空気汚染予防に空からラベンダーやユーカリを混ぜたオイルが散布された。

楽しい活用法としては、場面設定に応じた香りを流して観客の心理効果を盛り上げる仕掛けの映画もある(東京・池袋 アムラックスシアター)。

代表的なアロマにどんな効能、機能があるかは、7面にまとめた。

ミルクくさいあの赤ちゃん独特のニオイ。あれは新生児のうなじから出ているのだそうだ。お乳を与えるために赤ちゃんを抱くと、そのうなじはちょうど母親の鼻の下にくる。母親のお乳は、このニオイを感じて自然と出が良くなる仕組みとなっている。

男女間のコミュニケーションにもニオイは重要。というのは、男性のわきの下のニオイには成人女性の月経周期を正常化させ、心理的に良い影響を与えることが実験で立証されているからだ。

最近は、わざと男性の体臭を人工合成して“男らしさ”を強調した繊維が開発されている(鐘紡(株)の繊維素材「セクサングル」)。

将来的には、こうした素材で、女性の生理作用を整えたり、更年期障害やその後のデリケートな体調をケアする寝具が登場するかもしれない。

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