ヘルシートーク:映画監督・原恵一さん

2013.05.10 214号 05面

 木下惠介生誕100年を記念する映画はリバイバルではなく、日本を代表する木下監督の深い愛情の原点であり、運命を変えたとされる感動の実話の映画化となっています。監督は、木下作品を敬愛してやまない原恵一氏。アニメ監督として国内外で高い評価を得ている原監督の実写第1作目となる『はじまりのみち』公開前に、作品への思いを語っていただきました。

 ◆自分にとっても「はじまりのみち」

 木下作品をリアルタイムで見てきた世代ではないのですが、昔から映画ばかり見ていて、映画監督といえば黒澤と木下だというくらいの認識はありました。ある時、木下作品を集中して観る機会があって、そのすごさに打ちのめされました。木下監督の評価はもっと高くてもいいのではと思い、あらゆるところで木下作品を見てほしいと声を上げていたのですが、それが松竹さんの耳にも届いたのでしょうね。実写映画初で、木下惠介生誕100年記念映画の監督に起用していただいたのですから、光栄でした。

 この映画は、木下監督が戦時中に製作した『陸軍』という映画が軍部ににらまれ、一時松竹を離れていた時の実話を基に作り上げたものです。

 戦火から逃れるために、病気の母を兄とリヤカーに乗せて山道を17時間歩き続けた。その疎開途中の山道での人との交流、母への思い、また母からの愛情が木下映画全ての根底にあると思うんです。監督を辞める覚悟をしていた木下監督を、再度映画に向かわせる大きなきっかけとなった山道。だから『はじまりのみち』。

 僕はこれまでアニメ映画の監督をやってきたので、実写映画の、例えば衣装合わせやカメラテスト、人物の動きをカットによってダブらせて撮るなどの手法も初体験。用語も違い、戸惑うことも多かったわけです。ですから、この映画は僕にとっても、まさに「はじまりのみち」でした。

 ◆語り継がれる、木下惠介監督の母への愛情

 山道で雨に降られ、泥にまみれながら宿を探すものの、病人が一緒だという理由で何軒もの宿に断られます。結局、「澤田屋」の親切な家族に出会い、泊めてもらえることになるのですが、宿に入る前に木下監督が母の顔に付いた泥を手ぬぐいで丁寧に拭くシーンがあります。これは、木下監督が記録にとどめたことではなく、「澤田屋」さんに代々語り継がれているエピソードなのです。あの時代に、あの年齢の息子が人前で母の顔をきれいにぬぐい、髪を整えてあげるというのは、今以上に特別な行為に見えたと思います。

 この話を聞いた時に、僕はこのシーンが木下家の、特に惠介と母との関係を象徴する特別なシーンになると思いました。惠介役の加瀬亮さんも母役の田中裕子さんも、僕が何かを言う必要のないくらい、完璧な演技をしてくれています。

 木下監督が松竹を離れるきっかけになった『陸軍』の最後のシーンも、母の息子への思いを正直に表現したものでした。出征する息子を送り出す母のせつない表情が10分も続きます。戦意高揚に反すると軍部は判断したのですが、木下監督はそれに納得できずに辞表を叩きつける。母への深い愛があったから、母の正直な気持ちを表現することを真っ向から否定されることに我慢ができなかったのでしょう。

 『はじまりのみち』でも、『陸軍』からのこのシーンを抜粋して使っています。ぜひ見てほしいシーンです。いまのお母さん方にどのように受け取られるかは分かりませんが、こういう時代のこういう愛情もあったということが届くといいなと思っています。

 ◆大好きなカレーで野菜不足を補ってます

 撮影は昨年11月頃、東京・静岡・長野・群馬・栃木・千葉・茨城の1都6県にわたって行いました。静岡の茶畑を登っていくシーンを撮り終えて、皆でロケ弁を食べていた時に、地元の人がイノシシの肉を差し入れてくださいました。塩茹でしたもので、あれはおいしかったですね。スタッフと一緒に食べました。力が湧いてきました。地元からの差し入れというのは嬉しいものですね。これも実写映画ゆえの経験ですね。

 作品中、兄弟の道中に付きそう「便利屋さん」という職人さんが登場します。濱田岳さんが演じているのですが、きつい行程の一休みでこの人が、カレーライス、それからビールと一緒に白魚のかき揚げを食べる想像をするシーンがあります。あそこを観て、皆いっせいに「ああ、カレーが食べたい」「ビールを飲みたい」と言ってくれるんです。ホントにカレーの香りがしてくるようで、白魚のかき揚げのさくさくっとした音が聞こえてくると。ビールを飲むシーンでは、のどがごくっと鳴りますよね。

 カレーにした理由ですか? 僕が好きだからですよ(笑)。カレーライスはおふくろの味ですよね。トマトも大好きなので、カレーに入れたりしています。普段、野菜をあまり取らないので、カレーの時には野菜たっぷりにします。それが元気の源かな。

 ●プロフィール

 1959年群馬県生まれ。アニメ制作会社に入社し、『エスパー魔美』他、数々のアニメ映画の演出を手がける。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』(01)や、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』(02)などで、多数の賞を受賞。『河童のクゥと夏休み』(07)や『カラフル』(10)など、大人も子どもも涙する作品を精力的に作り続け、国内外から高い評価を得ている。

 ◆『はじまりのみち』6月1日(土)全国松竹系ロードショー 木下惠介生誕100年記念映画

 監督・脚本:原恵一

 出演:加瀬亮、田中裕子、濱田岳、ユースケ・サンタマリアほか

 ナレーション:宮崎あおい

 (C)2013「はじまりのみち」製作委員会

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