タイで日本食料理店が人気沸騰 地方に出店ラッシュ続く
約4400店の日本食料理店が存在するタイで、首都バンコクを除く地方全域で初めて総出店数が半数を超え、約2300店に達したことが日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所のまとめで分かった。
前年比の伸び率は15.5%と、バンコク首都圏で同1.5%減少したのとは対照的。コロナ禍で消費が低迷する中、地方の消費者のハートを着実につかんだのは健康的で淡泊な日本食だった。
タイを取材拠点とする著者(記者)は地方出張も日常茶飯事。取材の際、日本食店を見つけてはその実態を知ろうと、できるだけ足を運ぶようにしている。バンコク首都圏を除く地方で日本食が広がっている現状を、数々の実体験から抽出してリポートする。
東北部のイサーン地方、隣国ラオスと国境を接するのがこの地方の拠点ウボンラーチャターニー県だ。人口約180万人。バンコクとは直線で600kmも離れている。こうした辺境の街にも地場資本の日本食料理店は存在する。タイの日本食ブームは、日系資本や地場資本によるチェーン展開のみならず、各地の資産家や日本食好きの人々が自らの資金で出店しているところに特徴がある。
ウボンラーチャターニー県の中心部にあるのが日本食料理店の「おしねい」だ。タイ人オーナーが運営する100%のローカル店。十数年前に「おしん」の名で開業していたところ、数年前に現在の店名に変更。寿司店色を全面に強くして、地元客に好評だ。
圧倒的な人気の首位は、タイ人の誰もが好むサーモン。刺し身のほか、寿司にして握りで食べたり、照り焼きソテーにして食す。店員によれば、8~9割の客はサーモンを注文するといい、ショーケースには食欲をそそるオレンジ色の切り身が山積みとなっている。
もちろん、他の寿司ネタや刺し身も豊富にある。寿司店では定番のマグロの赤身や中トロ、ウニやトリガイ、アカガイといった珍味の類や貝類まで揃っている。店の説明では、この4~5年で食材を卸すサプライヤー(供給業者)が劇的に増え、バンコクと変わらない品揃えが実現できるようになったという。地方でも日本食が展開できる背景には、こうした流通網の発達があるようだ。
皿に円形状に切り身を並べたり、遊び心を出した見栄えの良い盛り付けなどエンターテインメント性を追求するのもタイ流だ。「タイ人客は見た目もとても大切にする。その点、日本食はタイ人の心にぴったりとマッチする」と女性店員は解説してくれた。味覚もさることながら、盛り付けなどの繊細さも人気の要因となっているようだ。
加えて大きいのが、日本食に対する健康でヘルシーといった認識だ。西洋の肉中心の料理よりも油やカロリーは低め、塩分も控えめなことが人気の原動力になっている。コロナ禍で健康への関心が高まる中、都市封鎖が解除されて消費者が真っ先に向かったのが日本食料理店だった。
バンコクから西に約110km。ミャンマーと国境を接するラチャブリー県の片田舎にも、タイ人がオーナーの日本食料理店が存在する。「キンジュ・カフェ」。満腹カフェとでも訳せるだろうか。バンコクで修行をしたシェフが5年ほど前にオープン。ほとんどタイ人客しか来店しない場所で、繁盛店となっている。
一番人気が刺し身を使った創作料理。マンゴーやアボカドといったタイ産の果物などと合わせて、味覚や彩りを工夫する。発表される新作は週替わり。見たさ理由にコロナ禍でも客足は途絶えない。都市封鎖や自宅での巣ごもりで壊滅的な損害を受けたタイの飲食業界だが、少なくない日本食料理店は生き残ることができた。
イサーン地方の玄関口ナコーンラーチャシーマー県にあるのが日本料理店の「姉御」だ。かつてバンコクに姉妹店があったが撤退し、現在は同県のみで営業を続ける。ここもタイ人が出資するローカル日本食店だ。板前の男性は、日本でも修行したことのあるベテラン。「客のほとんどはタイ人客」と説明してくれた。
ここでも近年の流通の発達が品揃えを向上させ、それが客を呼ぶ好循環につながっていると指摘する。「安かろう、悪かろう」「なんちゃって日本食」とタイの日本食がやゆされたのは、遠い過去のことになりつつある。現に駐在する日本人客も、遜色ない食材や味覚に認識を改めるケースが後を絶たないという。
ジェトロバンコクによれば、日本食料理店の実態調査を開始した2007年当時にタイにあった店舗は745店。それが14年間で約6倍と、驚異的な勢いで増えていることが分かる。タイで人気を集める日本食ブームは当分続きそうだ。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)