忘れられぬ味 (3)石井食品社長・石井健太郎 留学前の焼き肉

連載 総合 1997.09.17 8263号 1面

忘れられない味というと、いくつかのことが頭に浮かびます。

一つは今まで経験したことのない、舌がしびれるほどの美味しさを味わって感激したこと。

もう一つは思い出とともにある味や料理です。うれしかった時よりも、苦い思い出とともには苦い味、砂をかんだようなことしか思い出さない料理のことです。

三番目をあげるなら、今までの自分の食生活とは全く別の系列の料理または食事を食べたときです。ゲテモノということではなく、オリーブ油とかで味付けされたものに出会ったときの驚きなどです。

忘れられない味が数ある中で、この世の中でこんなに美味しいものがあったかと感激し、そして今でもその感激が思い起こされることを書いてみます。

昭和36年の話です。今から三六年前で日本の食生活が敗戦から余裕を取り戻した頃です。インスタントラーメンが出現したり、また魚肉ソーセージもよく売れ始めた時でもありました。アメリカの栄養学が大流行で、食生活の考え方も大きく影響されていました。たとえば日本人にはもっと動物性蛋白を摂取しなければならないとか、カロリーは成人男子は四八〇〇キロカロリーは必要であるとかです。しかし、現実は私たちは年に数回、豚肉のスキヤキを食べるといったことで、千葉県出身ということもありますが、牛肉などはほとんど食べられませんでした。

そんなときに大学の先輩が、アメリカに留学に行く前にアメリカではたぶん食べられないだろうといって、「焼肉屋」につれていってくれたのです。

テーブルの真ん中は四角に仕切ってあって、そこには火鉢があり真っ赤な炭の上に鉄網がかかっていました。タレをまぶした赤身の牛肉が皿に盛ってあり、先輩はあまりこがさないよう手早く焼いて、それを小皿にあるタレにつけて食べるのだと教えてくれました。

そのようにして肉を口に入れると、舌がヤケドするほどあつく、それが過ぎると甘味とニンニクの香りが口いっぱいに広がり、肉のやわらかさとそれらが一体となって、口の中でとろけました。今まで味わったことのない感激が私の身体の中を電流のように流れたことを今でもはっきりと覚えています。

この思い出はいつも暑い夏がやってくると自然とわきあがってくるのです。

(石井食品(株)社長)


日本食糧新聞の第8263号(1997年8月13日付)の紙面

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