忘れられぬ味(26)テーオー食品・河内欽一社長「カレー原点」

調味 連載 2000.06.12 8701号 2面

今でも求めている忘れられぬ味は、四五年以上前、疎開していた山梨の田舎で食べたマグロの刺身である。私は毎日食べても飽きないくらいマグロの赤身好きであるが、この時に食べた味になかなか出会えない。山梨の山村なので決して高級マグロではないのだが、高級料亭に行っても、海外で取れたてを食べても、子供の頃に食べたマグロにはお目にかかれない。食糧難の時代だったので味覚の問題もあるとは思うが、今でも求めている忘れられない味である。

もうひとつ、私にとって忘れられぬ味がある。昭和40年から昭和52年まで通い続けた日本橋の「インド風カリーライスの店」である。勤務先が近かったせいもあるが、当時はまだ珍しい「カリー」という名に魅かれて店に入ったのがきっかけだったと記憶している。おそらく戦後すぐに開業した建物で、店の中は決して豪華ではなく、装飾のない古い木のテーブルと椅子が置いてあるだけだった。主人もそっけないが、女性店員も愛嬌があるわけではなく、メニューもカレーライスただひとつ。たしか五〇〇円だったと記憶している。しかし、昼食時は二〇分以上待たなければ食べられず、いつも四、五回転はしていた繁盛店である。大きなジャガイモ半切り一個、肉の塊が二~三個、ニンジン乱切り三~四個、シャブシャブのカレーである。決して本格的なインドカレーではなく、味も薄く、ルウは純カレー粉だけで高級なカレーではない。しかし、なぜか一週間も行かないと恋しくなる味なのである。辛くて水を飲みながら、なぜ魅かれるのか考えたこともあった。このカレーの味が現在のカレー作り、開発評価基準になったことは間違いない。(1)食べた後、さわやかさが残る(2)香辛料の自然の味を引き出す(3)飽きないで最後の一口までおいしい(4)また食べてみたいと思う‐‐ということである。

私もカレーメーカーの人間なので、カレー専門店や繁盛店は食べ歩いた。パタック社と提携し、日本司厨士協会のバックアップを受け、インド料理普及のため全国のカレー専門店をインド人と周ったが、忘れられない味には巡り会えなかった。本当の美味は、人工的なものではなく、自然(本体)の持っているものを引き出し、そのコントラストではないかと思う昨今である。

(テーオー食品(株)代表取締役社長)

日本食糧新聞の第8701号(2000年6月12日付)の紙面

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