忘れられぬ味(62)富士製粉・鶴見浩二会長「美味と人情」

粉類 連載 2001.08.08 8881号 2面

花のお江戸、銀座に勤めて三〇年。数々の忘れられぬ味があるが、最近私がはまっているのは移り住んで五年目となる清水市港町界隈の美味と人情である。

「魚馬」…三代続いた魚屋。祖父さんの山本馬吉からこの名前となった由。元は鮪の仲卸だったが四〇年代、大企業の進出で当主は小売に転じた。とにかく新鮮で美味。しかも安い。特に鮪、鰹の刺身。清水沖じめ真鯛や平目、鱚。駿河湾の烏賊、鰺など。頼めば当主が「あいよ」と心を込めて調えてくれる。包丁の冴えが嬉しい。元気で可愛い奥さんがラップをかけてニコニコしながら渡してくれる。一人前二五〇~四〇〇円。刺身が口の中でとろける美味さ、歯ごたえ、独特の弾力。新鮮な素材を吟味して仕入れ、一家で心を込めて提供してくれるその美味。

最近の「スーパー」に並ぶものとは、どだい品物と価格そして通う心が違う。これをぶら下げて自宅へ戻り、地酒の興津「静ごころ」で一杯やるのが私の無上の楽しみである。

「光輪」…当主は高輪「光輪閣」で腕を磨いたフランス料理の名シェフ。前日から仕込むソースは流石に本物。名物料理の「ビーフストロガノフ」はファンが多かった。

しかし近年は地方の過疎化と低落の中でお店は青息吐息。どうなることかと心配していたが近所に二年前大規模商業施設ができるのがきっかけとなった。危機感の中で息子さん達二人が立ち上がり家族会議を開き、コンサルタントも入れて店内のレイアウト、飾り付け、メニュー、従業員のコスチュームなども一変させた。店の名前も「ビストロ光輪」と今風のコンセプトで変えた。ターゲットは若い女性群である。一品の単価三五〇~五〇〇円。料理は比較的手軽だが元々のフランスレストランである。自慢のソースが至る所に使われ絶妙。酒の肴としては洒落ていて贅沢である。中年、熟年のご婦人方や夫婦連れも多く連日の大盛況となっている。

私は多くのメニューの中でも新鮮な素材、独特なソースの「大根サラダ」、前記魚馬の鮪赤身を使った「カルパッチョ」「鮭のお握り」「海鮮リゾット」などが好物で、この店の見事な復活と共に「忘れられぬ味」となっている。

(富士製粉(株)会長)

日本食糧新聞の第8881号(2001年8月8日付)の紙面

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