シェフと60分 赤坂四川飯店・陳建一社長 四川の調味料は未知の宝庫

1996.06.03 102号 7面

四川料理は辛い料理と思い込んでいたようである。問い掛けに「四川料理ほど味付け豊富で、しかも味のバランスに長けた料理はない」と言下に答えが返ってきた。

四川料理は、辛いものに始まり、辛いものに終わるものではない。さっぱりした酸味のあるもの、塩味あるものの中に辛いものがあるから辛さが際立つというのだ。

中国料理には四川、北京、上海、広東などが知られるところだが、このうち四川料理が最も多くの調味料を使い「複雑怪奇な料理に仕立て上げている。だからこそ面白い」。

最近では、時間の許す限り中国・四川省に足を運び調味料探索に余念がない。

「うちの親父の味は、親父だけの味。代々には伝わらない」といってはばからない。

四川飯店での青椒肉絲をみんなで同じように作るが、それぞれ微妙に違う。フカヒレも同じ。

「うちの味を継承しようと一生懸命努力をするが、どだい無理な話」。それに近い味になるが、決して同じものにはならない。中華は鍋で決まるといわれる所以だ。

「料理長にいっています。どんどん自分の味を出していき、ファンを増やしなさい、オリジナリティーを出しなさい」と。

一定のベースを覚えたら自分で考え創作する。「これは、ものを作る人間の喜びであり、また仕事を面白くもさせてくれるのです」。

こうした姿勢は、二〇〇余人のスタッフを抱える料理人であると同時に、二代目オーナーでもある自身へのものとも受け止められる。

当時、立派な先生が多かった。嫌な先生もいたが今の学校とは格段の差。ものを教わる人には敬意を払うということを学んだ。

また、当たり前のことだが挨拶をする、目上の人には敬語を使うなど、人間として基本的なつきあい方を徹底的に教えられた。

今トップに立ち、改めて当時の教育法は良かったと思う。

「若い料理人には、どこに巣立っていっても、必ずこうしたことに遭遇するとしてキチンと教えます」

仕事は自分のために一生懸命やれと常々いっている。

苦労して朝早く来て皿を洗うのは、何のためにやっているのか。技術を覚えたいからでしょう。ならば技術を盗めば良いじゃないか。教えて覚えるものじゃない。自分でどう感じるかの世界。

ただ、個人的資質の能力、センス、努力は千差万別。どんなに努力をしても駄目な者もいる。これは難しい。時の流れにまかせるしかないでしょうか。

「親父は徹底した見て覚えろ式」だった。

この料理に小匙がどうこうは絶対に言わない。作ったものを少し取っておき、それを食べて覚えさせる。どうして違うのか本人が試行錯誤の結果覚えるのです。

例えば、酸辣湯では親父のひとことで納得したことがある。

「味を決めてからコショウを入れろ」

ちょうど良い味、味が決まらないうちにコショウを振ってはいけない。たったそれだけのことだが、私にとって大変なことだったのです。

四川にはまだまだ知らない素材、調味料がゴロゴロしている。新しいものに出合えた時には、「私の創造力をかきたててくれます」。

ハスの粉、さまざまな種類の唐辛子、それの味噌、日本の凍みコンニャクを乾燥させたような氷コンニャク、メンマとは違う干しタケノコなど数え上げたらきりがない。

こうした素材は、まず向こうの食べ方を研究した上で、さらに一歩進め、自分ならこうしたら良いと考えメニュー化している。

日本の食材を積極的に使う。そのため、食材を知るため和・洋・中ジャンルを問わず食べ歩く。

食べながらスープの量が多いな、食べ難いなとか、このアイディアを中華に生かそうなど本を読んでも得られないものがある。今面白いと思っているものに豆がある。アズキ、トラマメなどは煮付け、鶏肉、スペアリブと合わせると面白い。これは洋食の店でヒントにしたこと。

今までの中国料理には派閥があった。これからは、「みんなの地位向上のために団結が必要です」。

一人の力では何もできない、みんなの力が必要。お互いを尊重することが大事。広東、上海それぞれ良いところがあり、お互いを認めることからスタートする必要がある。

文   上田喜子

カメラ 岡安秀一

昭和31年東京生まれ。小・中学を東京中華学校に学ぶ。この頃は、西麻布材木町にあった三軒長屋の住まいを根城に、近所の子供たちとコンバットのサンダースごっこに明け暮れる日々だった。

少年時代の漠然と抱いていた将来の夢はプロゴルファー。これも玉川学園大学卒業後、生活のため進路選択の岐路に立たされ、料理人の道を選ぶことで崩れ去った。

以後、日本に四川料理を紹介、普及させた父建民氏のもとで料理人修業。現在、二〇〇余人を擁する赤坂四川飯店社長として辣腕を振るうかたわら、「きょうの料理」「料理の鉄人」などテレビや雑誌にも登場、多方面で活躍する。

・所在地/東京都千代田区

平河町二‐五‐

‐五

・電 話/03・3263

・9371

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