関西版:シリーズ・おいしくする人 茶懐石の老舗料亭「下鴨茶寮」
理想と現実のギャップに悩まされるのが世の常であるが、二人三脚よろしく、いずれもを昇華している姉妹がいる。茶懐石の老舗料亭「下鴨茶寮」の佐治政子社長と佐治八重子副社長がその絶妙のコンビである。
「四代目を継いだ姉は亡き父の理念でもあった文化活動に精励、京の伝統や文化を守るための発信基地をここに構えまして、京の伝統ある風物を描いたり、書物にしたり、個展を開いたりの日々を送っています。お座敷にでたり、料理やお酒を吟味し席を切り盛りするのは私と、いつか分担してお店と京の伝統を守ってきました」(八重子副社長)
下賀茂神社の糺の森の東にある本店をはじめ、横浜、大阪にも進出、現在は五店舗の展開となっている。その他、老舗の味を家庭にと「惣菜部」を設け近畿地区の有力百貨店に高級惣菜売り場を出店しており、その評価の高まりを受けて高級贈答部も設立、出店攻勢本格化の段階にある。
激動の年月を姉妹コンビは誠意の二文字を貫き通し、その結果が前記の事業拡充となり、年商も三〇億円を超えるまでになった。
エッセイストの名刺を持つ政子さんが主催して下鴨茶寮で「茶の会」を定期的に催している。そこでは京料理の味と主催者のもてなしぶりを併せて楽しみ、同時に、この料亭ならではの「純粋栽培の京料理」が賞味できる。
「先代の父がよく口にした言葉に“土産土法”という言葉がございます。これは、その土地で古くから伝わる方法で調理するということで、京料理の原点はここにあると思います。京都は野菜の宝庫と昔からいわれておりますが、特に独特の京野菜はおいしく、父はこの京野菜を京料理に欠かすことのできない素材として大切にしておりました」
「私の代になりましてからも大切に扱ってまいりましたが、都市の拡大による農地の宅地化や栽培効率の悪化などで、徐々に栽培されなくなりました。絶滅したもの、絶滅寸前のものもあると聞き、何とかこの京野菜を守らなくてはと決意した」そして「京野菜を守る会」を結成、自ら副会長を務め京野菜の復権に寄与する日々を送っている。
個人的には、これも父のすすめで修得した油絵の才能を生かして京野菜をモチーフに描き続け、愛情いっぱいのエッセーを書き添えてきた。その一つの区切りとして六年前に、「よみがえる京野菜・佐治政子画文集」を刊行、その才は多くの人の共感を呼び覚ますとともに、失われつつ京野菜を惜しむ多くの人々、また京野菜保存のために努力している人々に喜びと勇気を与えた。
「現在、栽培されている主な京野菜は、賀茂の酸茎(すぐき)、賀茂茄子、鹿ヶ谷南瓜、聖護院蕪、聖護院大根、堀川牛蒡、九条葱、壬生菜、東光芋、水の尾柚子、塚原筍などです。それぞれに土地の名が付いているように、その土地を離れては採れないものばかり、それほど京野菜はデリケートなのです。私は京野菜の持つ優しさは、京都人の心と相通じると思っています。これからも絵筆を持って、描き、またペンを持ち続けます」
情熱に衰えはなく、近い将来先年に続く「個展」を開催する予定と聞いた。
発信基地でもある下鴨茶寮は、「京都の土壌の生む京野菜こそが、伝統の味を保っている、という信念に立っているから、特別に近郊の農家で栽培してもらった品種を選んで使っている。材料の野菜はすべて、旬の京野菜です。それをことさらに、お料理の説明として、述べたてることは、ご質問のない限りは控えております」と語る。
「それにしても、一坪ウン百万円で右から左に売れる京都近郊の農地を、手放す気持ちはさらさらなく、伝統の野菜づくりに精魂をこめている京野菜農家の栽培した品は『贅沢の極地』」と結んだ。