料理人推奨の店 日本蕎麦銀座「田中屋」 目標はそばの新業態
銀座で食べた一杯のそばが取り持つ今回のインタビュー。日本料理一筋に突き進んできた東京ベイヒルトンホテル日本料理「松風」朝倉春雄料理長。かねてから日本料理イコール懐石料理のイメージを突き崩そうと大胆なイベントを試みるが、銀座「田中屋」野口一也店主が打ち出す、そば屋第四新業態のそば屋・料理店に、新しい日本料理の方向性を見出す。そこで具体的な展開法を野口店主に直撃インタビューすることにした。
訪ねる人 朝倉春雄さん
(あさくら・はるお)=日本料理「松風」(千葉県浦安市舞浜一-八、東京ベイヒルトン、電話0473・55・5000)
昭和24年、東京生まれ。銀座「治作」「なだ万本店」などで修業する。持ち前の進取の気質から新天地を求め街場の店で修業を重ねた後、現職に。ホテル内レストランに安住せずリゾートホテルに徹した新しい切り口で、アユを客の前で焼いたり、まかない食をメニューにのせるなど家族が楽しめるイベントを次々と披露する。
迎える人 野口一也さん
(のぐち・かずや)=日本蕎麦店 銀座「田中屋」店主(東京都中央区銀座六-六-一九、電話03・3571・8228)
昭和39年、佐賀県生まれ。リクルートに一〇年勤務する。この間、最年少課長として常に営業部門のトップを走るが、いつしかこうした生き方に疑問を持ち、新しい道を模索する。結果は、未開拓とされる飲食店に自らを賭けることになる。そばの老舗練馬「田中屋」とは異なる第四業態のそば屋・料理店を銀座にオープン。ここを足場に世界の「田中屋」としてニューヨーク進出をもくろむ。
朝倉 私は日本料理の職人ですが、自分で商売をやるならそば屋と思っているほどそば屋にはひとかたならぬ思いがあります。ここの田中屋さんで食べたそばは味もさることながら、このしつらえでこの値段という印象が強く、このへんについてぜひお聞きしたかった。その前に一つ、練馬の田中屋さんがなぜ、日本一地価の高い銀座へ進出なさったのでしょうか。
野口 銀座・田中屋の出店にはいろいろな経緯があります。料理については素人の私ですが、一〇年勤めたリクルートでの蓄積を生かし、ゆくゆくは日本のそば屋から世界のそば屋へと飛躍したいと思っています。幸いというか残念というか、海外ではすし屋、てんぷら屋は数多く進出していますが、そば屋はあまり見掛けません。
ただ世界に通用させるには練馬の田中屋より銀座・田中屋のブランドのほうが通りが良いということで、地価が比較的安くなった今がチャンス。一年がかりで物件を当たり、ここに居を構えました。
朝倉 練馬店とはコンセプトが違うんでしょうか。普通のそば屋と違い、酒の肴、酒の種類も豊富に見受けられますが。
野口 私はそば屋は三つのタイプに分けられると思っています。一つはいわゆる街場のそば屋、二つが手打ちそばを売る趣味のそば屋、三つが最近増えたそば居酒屋。練馬店はそば居酒屋と趣味のそば店の中間をいっています。
銀座店オープンに当たり練馬店と同じにしたのではおもしろくない。そこで考えたのが第四の業態としての品格ある手打ちそば・料理店です。
かつて江戸・明治時代、お酒を飲むところはそば屋でした。つまみは旬のものを使っています。そこで原点に立ち返り手打ちそばを軸にしながら、もう少しつまみがあったらというニーズに応え、料理を充実させてみようと。この新しい業態は必ずお客に受け入れられると確信しています。
そのためそば職人と和食の職人を入れました。彼らがぶつかりあうことで新しいものが出来上がると期待しています。
朝倉 今までのそば屋とはしつらえが違う。器からして違い、薬味もたっぷりある盛りそばが六〇〇円。正直いってびっくりしました。コーヒー一杯より安い。これで果たして商売になるのかと。
野口 正直言って我慢です。今、ちょっとした小料理屋さんへ行くと一万五〇〇〇から二万円はします。そこに負けない同等以上の器ともので勝負したい。ただ料金はそば屋の値段です。
料理屋の看板では二流、三流の烙印を押されるところ、そば屋だから味も良い、器も良い、雰囲気も良い、値段は二分の一、三分の一ということでお客がついてくる。
今はただ安く売るではなく、時代を見ながら努力しなければならないものは努力する必要があります。
朝倉 今日お話をうかがい、この銀座で六〇〇円で商売になるんだと。また改めてもっと勉強しなければと思い知らされました。うちでは一五〇〇円はもらわないと。
野口 専門店では昔ながらの手間が掛かっているからと手間賃を取りすぎの感があります。もちろん手間賃、場所代は必要ですが常識の感覚でお客にどこまで近づけるかです。
うちでは「空感、時感、食感、旬感が満たされると充実感、満足感を感じる。あれだけの料理で思ったより高くないと口コミでお客が広がるから、このうちの一つが欠けてもいけない」と従業員にいつも言っています。
もちろん長い間築いてきた柱になる手打ちそばがあるから、お客がついてきてくれると思っていますが。
朝倉 私個人は、日本料理といえば懐石料理で良いのかという疑問を一〇年来持ち続けています。実際、懐石料理をステーキ懐石、すし懐石、天ぷら懐石と銘打ってやってみると大変好評なんです。特にゴールデンウイーク、夏休みなどはファミリーレストランではないが、家族が一緒に楽しめるコースを作るとお腹がいっぱいになり、おいしかったとばか受けです。
われわれが今まで苦労して覚えたごま豆腐がどうのという手法を使わなくても、お客は満足する。コースを作る時の原点にはなっているが、わざわざ表に出さなくても喜んでもらえる。
野口 素人の勝手な考え方ですが、ハワイなどへ遊びに行く場合、非日常を楽しみに行っている。それなのに料理が非日常でなかったらおもしろくない。ベイヒルトンさんは隣がディズニーランドですから、遊び心満載の和食があってもいいわけですよ。
銀座は遊びに来る街、デパートに買い物に行き、夜はクラブに行く。だからこうした所へ来た時、普通の煮込みや天ぷらが出てきたのではおもしろくない。
朝倉 結局、食べる側の満足より作る側がおいしければお客は満足するという感覚でやってきたところがある。従来の職人の考え方ではズレが出てきます。和食に新風を吹き込むというのも口幅ったいが、自分で自分の首を絞めたくないので、新しい試みに試行錯誤しているところです。
野口 うちでも、そば屋で昼間から気楽にお酒を飲んでもらおうと昼夜同じメニュー体制をとっています。サラリーマンでは難しいが、自由業の人なら昼間でもこうした需要はあります。
セイロ一枚六〇〇円、一〇〇人で六万円、バタバタ働く分、宴会を入れれば一組で一〇万円。発想を逆転して、昼間こうしたお客で埋まれば昼の営業だけでやっていけるわけです。しっかりした料理と時間が必要になってきますが。それに柱となる手打ちそばがあるからできることだと思います。
朝倉 今までのそば屋のネックは夜の営業でした。夜の酒の肴の売上げをどう昼に追いつかせるかが気になっていました。そういう構想だったんですね。
専門店だけを歩いていた私にとり、伝統に縛られず新しい発想での店舗展開される野口さんがうらやましいですが、私もホテル内ではあるが新しい試みをどんどん打ち出していきたいと思います。