シェフと60分:中国料理「開楽」 中国料理にも合うフグ

1998.06.01 153号 19面

調理場と学校で次代の料理人を養成する立場になり、教え方を使い分ける。

「学校では学生から学費をもらって教えているから怒りません。また、聞かれれば懇切丁寧に教えます」。ところが社会人になれば逆転し給料をもらう立場、身分も見習いとなる。

「うちでは今も昔も変わりません。見習いの字の通り見て習うが基本です」

慌ただしい厨房の中で手を動かしながら聞く話は半分も把握できない。二回、三回聞くのはいとわないが、むやみやたら聞いてくるとつい手も上げてしまうという。

そこで全員に励行させているのがメモをすること。先輩に聞いたこと、自ら感じたこと、見たことのポイントを簡単にメモし、休憩時間などを利用し整理する。その上で不明な点があれば聞けばよい。

かつて自身が修業時代、「先輩を手伝ったり、下の仕事をするのはかまわないが、一つ上の仕事に手を出すとしかられました」。

仕事覚えたさのあまり、先輩たちが帰った後、野菜くずを集めて包丁の練習をしていたところ、風呂帰りの親方に見つかり大目玉。翌一週間は何もしないで調理場の隅に立たされた思い出がある。

「この経験から自分の仕事をキチンとできたら先輩に聞き、できることがあったらどんどんやりなさいと言っている」

ただ至れり尽くせりで育てられた時代の寵児(ちょうじ)には、自らすすんで前に進むチャレンジ精神がうすく、「私の下で働き三年以上もつ者は二割でしょうか。ヒヨコで出ていった者はどこでも駄目でしょうね」と風貌に似合わず榎本流教育法は厳しい。

右も左も分からない新人の教育法は、まず徹底してチャーハンを作らせること。毎日、自らの夜のまかない食は自身で作ったチャーハンだ。

「黙ってやらせ、OKを出すまでやらせます」

早い者は一ヵ月、できない者で半年はかかり、それまで本人はチャーハン責めに合う。

味をしっかり覚えたところで一〇人前を一度に作らせ、これが完璧になれば一人前分の五目そばに進む。野菜の火のいれ方、相反するスープの水分と油をどう調和させていくか、一ヵ月はかかるという。次の段階で全員のまかない食、これをクリアしてランチ定食の鍋が振れる。

「ここまでに最低三年はかかります」。料理人の道のりは長い。榎本流の厳しい教育はこれに耐えるための体力作りか。

遠い将来「食事は宇宙食に近いものになり、農家が作物を栽培する光景も見られなくなる。ビル内の工場でコメも野菜も加工品として作られる」と予想する。それだけに、今はできる限り素材の持ち味を生かした料理を出したいという。

今、密かに考えていることにフグへの挑戦がある。フグは和食の食材としては一般的だが、中華で使われるチャンスはない。全身筋肉の歯ごたえある身は「鍋や炒め物など中華でも十分生かせる新しい食材」。

これを自らの手で調理したいと、今秋のフグ調理師免許獲得に挑戦する腹づもりだ。

もう一つの挑戦は、自慢のラーメンをはやらせること。自家製極細麺をあっさりとした醤油と塩味のスープで仕上げたものだ。

自らはさっぱりした日本そばが好みということもあるが「今は豚骨が主流。次は昔サッポロラーメンをはやらせた年代が、だしのきいたチンタンスープを懐かしがる」と予想する。

現在、スープは地元客の嗜好に合わせ一ヵ月熟成して作る特製たれを豚骨風味に仕上げ、鶏がら、豚がら、各種野菜、ニンニクで作ったスープで合わせている。「最初の一口で味がうすいといわれることがあり、最後まで飲んですっきりするように作ったスープと説明します」

本人が納得する味と地元の嗜好が一致するには、時間が必要のようだ。

何かと仕掛けるのが好きな榎本敏男シェフ。情報化時代に人と人がじかに会ってコミュニケーションを図れるレストランの役割を生かし、中国料理「開楽」を地元にどうアピールするか腐心する。

一つに、すでに五年目になる「長寿の集い」がある。年一回、地元のお年寄り一〇〇人を招き、会食しながらさまざまなショーを楽しむ催しだ。

使われるテーブルはもちろん昔から使われている丸テーブル。「家庭のちゃぶ台が失われていくように中華も丸テーブルが少なくなってきた。コミュニケーションを図るには丸くなくてはいけません」

このほか個食化に対応しハーフサイズメニューを取り上げた。価格、量とも半分である。「あの時の忙しさは筆舌に尽くしがたい。体がいくつあっても足りないくらい」の大反響。一品のところを二品食べられるからと、一〇人の客までがこのメニューを注文する結果となる。

「作る手間は同じ。集計した結果、忙しくした割には売上げは上がっていない」ということで、結局一年で中止。「ただし、たっての要望があれば作りますが」と笑う。

自信のアイデアメニューはニーズに合致したものであったが、あえなく消滅した。今後もアイデアあふれる榎本流新作品が飛び出すことを期待する。

◆プロフィル

昭和28年、神奈川県相模原市生まれ。小学四年の時、たまたま母親が留守中に八つ頭の天ぷらを作り、褒められたのがきっかけで料理に興味を持つ。中学・高校時代、やくざの組長の息子と親交があり、出入りするうち料理の腕を披露、好評を得たのに自信を深め職業として料理人の道を選ぶ。

横浜調理師専門学校卒業後、中華街の「重慶飯店」で七年修業し、四川料理、広東料理を修得、以後、「白楽天」「好香」などを経て七年前、「開楽」に調理長として入社。

現在、人望を買われ日本中国料理調理士会相模支部長に就任、地域のとりまとめ役として活躍。このほか自店だけではなく相模原調理師学校講師として次代の料理人育成に尽力する。

文・カメラ 上田喜子

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