ホロ酔いガイド 日本酒の専門知識(その1) 「ひやおろし」

1992.11.16 16号 21面

《加熱殺菌で発酵 の進行をとめる》 この「ひやおろし」は、製造方法上からいえば、秋の■詰の時に殺菌しないで出す酒のことである。このことをもう少し詳しく説明すると、つぎのようになる。

普通、冬にしぼった酒は、春先までに一度火入れといって、加熱殺菌をする。その方法は蒸気で温まったパイプの中を酒を通す方法(温度は六五℃前後)が一般だが、それによって、しぼった酒の中に生きたまま沢山入っている酵母や酵素を、大部分殺してしまうわけである。何故そのようなことをするのかというと、せっかくしぼった酒も、そのまま放置していおくと、引き続いて酵母や酵素が働いて、酒の味を悪い方へ変えてしまうからである。この辺でひと通りの発酵も終わり、丁度よいアルコール度に仕上がったというところで、発酵の進むのを止めてしまうのである。

もう一つの意味は「火落ち菌」というお酒を変敗させる菌を同時に殺してしまうこと。この菌はお酒が大好きで、お酒の製造工場である酒蔵の中に沢山生存している。

このようにして、しぼってタンクに貯蔵された日本酒は、春先殺菌工程を経て、秋までゆっくり熟成の期間を過ごす。普通この間に日本酒はできたての頃のつんとした、不安定な味や香りが落ち着いて、しみじみとした奥行のある味に変わる。

このようにして出来上がった日本酒を、秋冬の本格的需要期に瓶詰して、メーカーは出荷する訳だが、この時、普通はもう一度春先にやったような火入れ殺菌を行う。だから瓶詰したての日本酒は皆温かい。(生酒は別)。

何故このようなことをするのかというと、第一は前述の火落ち菌が製品に混入するのを防ぐためである。特に瓶詰工場の近辺は、お酒が出入りするので、火落ち菌が棲みやすい。

もうひとつは、僅かに残存するかと思われる酵母や酵素を、ここで完全に死滅させるためである。瓶詰された酒は、メーカーの蔵内と異なり、お酒には何の配慮もされない外界へ放り出される訳だから、お客様に飲まれるまでに、万が一にも品質に変化が起きないよう、メーカーとしても万全の対策を講じておかなければならない。このような訳で、瓶詰の時に二度目の加熱殺菌を行う。

《菌の活動の衰え る時がおいしい》 われわれが日常飲む酒は、このようにして安全第一で作られたものだが、安全を尊ぶ余り、いささか犠牲になっている面もある。それは加熱殺菌すれば、本来の味が変わるということである。それは近頃はやりの生酒と比べると一番わかりがよい。お酒はできれば火入れをしないに越したことはない。このような訳で、せっかく秋になって円熟したうまい酒を、何とかこのまま消費者に飲んでもらう方法はないか、と考えて作り出されたのが、二回目の火入れ殺菌をしないで、瓶詰されて出てきた「ひやおろし」である。だから「ひやおろし」は同じ酒質の酒と比べれば、火入れ殺菌をしない分日本酒本来の味が生きていてうまい。

うまいのはいいが、前述したように、最終の火入れ殺菌をしていないから、品質に変敗が起こる心配がある。そこで、この問題を製造の専門家であるメーカーは、どう考えたかというと、第一は秋も十月の半ばを過ぎれば、気温も温度も下がって、菌の繁殖が大幅に衰える時期になる。これから冬にかけては、このような環境になるので、夏場や春先とは違って、一定の期間なら品質の安全度は大幅に高まる。この時期にお客様の手に渡れば、品質が安全なうちに、おいしく飲んでもらえることになる。

第二は、このように細菌の活動が衰える時期に、ちょうどお酒がおいしくなること。このようなことで、第一と第二の条件を組み合わせて考えれば、一定の期間でお酒を流通させるようにすれば、二回目の加熱殺菌をしないおいしいお酒が飲んでもらえる。このような結論となって「ひやおろし」が生まれた。

従って最後の問題は流通である。料飲店もこのような「ひやおろし」をお客様においしく飲んでいただければ、これに越したことはない。値段もそんなに大きくは違ってこない。

そこで方法としては、第一にメーカーは商品に「ひやおろし」と表示して早く飲んでもらうよう、流通業者や消費者に注意を喚起する。流通業者や料飲店は、この商品を暖かい所には置かない、陽の当たる所には置かない、ということで冷暗所に保管するようにして、万一の菌の増殖を防止する。更にお客様の口に入るまでの期間は、製造から一ヵ月を目安にして製造年月日に注意して取り扱う。このようにすれば「ひやおろし」は安心してお客様においしく飲んでもらうことができる。保管場所は、右の一ヵ月以内なら、通常の倉庫でも良いが、冷蔵庫であればなお良い。

このようなことで、「ひやおろし」は一言でいえば生詰酒である。これを料飲店が売るには「秋になってお酒がおいしくなりました。蔵から出たままの自然が生きる生詰の『ひやおろし』です。秋の味をしみじみ味わってみませんか。」といったPOPを店内に貼り、看板に出してお客様に訴える。第一に自分がまず飲んでその味をしっかり確かめることが大事である。ちなみに「ひやおろし」の語源は、火入れをしないで冷やしたまま、ほか様々な説がある。

飲み方はせっかくの生詰めだから、常温か冷やして飲むのがうまい。

(㈱東京マーケティング社長・宮川東一)

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