榊真一郎のトレンドピックアップ スターバックスをマクドナルドからのぞく
お客さまを素人扱いしない店としてのスターバックスを昔、解説したことがあると思います。専門用語をどしどしぶつけて、それを理解する過程で、お店の哲学をお客さまにも分かっていただこうという志の高さを解説したと記憶します。最近、同じこのスターバックスが言葉という手段を超え、自社の哲学を「お客さまの体にたたき込む」という次のステージに到達してしまった、それも上陸一年もたたずして、です。驚きです。
東京駅八重洲口の地下街。規模の大小の差はあってもどんな地下街にも共通の半分眠ったようなテナントの中で、この地下街が同様の施設と違うところを挙げるとすれば、通路を挟んでスターバックスとマクドナルドが、ほぼ同じ規模で店を構えている、という点。しかも通路に面して一人掛けのカウンター、その奥にキッチンというレイアウトも極めてよく似ていて、後から出来たスターバックスの、結構戦闘的な体質が垣間見られて、前から好きな場所ではありました。
ただ、通路のあちら側にいるのとこちら側にいるのとでは天国と地獄ぐらいの差があるでしょう? 当然、僕はスターバックス側にいつもいたいのだけれど、東京駅を通勤中継地点に持たない僕にとって、この場所は新幹線出張する前に立ち寄る場所。つまり朝食をとる場所であって、この場所に来ると僕の口の中はマクドナルドのハッシュブラウンの味でいっぱいになる。条件反射です。だから、僕はほとんどの場合、通路のこちら側にいて、あちら側のスターバックスをガラス窓越しに眺めることになる。
その日もそうでした。一人のビジネスマンがやって来て、オーダーカウンターの所でコーヒーを注文し、従業員に促されることもなく自然に、ピックアップカウンターの場所まで移動する。途中に置いてあるテークアウト用のペーパーバックを手にして宙で仰ぎ、中に空気を入れて膨らませ、そして熱々のトールカップを一つかみのペーパーナプキンと一緒に放り込んで見せたのです。
ソーセージエッグマフィンをほお張っていた僕は、正直、少々焦った。ちょっと待って、そういう格好いいことって本来、僕がやるべきことで、それをあなたがこちらから見てるはずなのに、って思うと焦らずにはいられないわけです。
と、焦っている僕の気持ちが透けて見えたのでしょうか、彼はクルッと振り向くとこちらを眺めて、フッと笑った、ような気がしただけかも知れなかったけれど、僕は体中が熱くなる気がした。久しぶりの「してやられた」と思う気持ちです。
マクドナルドという店は、確かに子供から大人まで等しく使える単純にして明快なシステムを持った店です。だから世界一の外食企業になったのでしょうが、その代償が朝の忙しい時間からカウンターの前に行列を強いられ、ファストフードといいながら、それは注文してから提供するまでの時間が短いだけであって、ただ黙々と注文するまでの時間を待つ時間までは計算に入っていない、という不都合には目をつぶれ、ということになる。しかも商品の数を増やすにつれて長くなるカウンターの中を、鼻に汗して走り回る従業員を助けようにも助けられない立場の僕たちは、ただただ待たされるだけ。
マクドナルドは、素人はじたばたしないでただ待ってなさい、という。一方のスターバックスは、おいしいコーヒーが飲みたければお客さまもうちの作法をちょっと学んで下さい、という。だからスターバックスのカウンターの中でコーヒーを入れている人は悠々と格好よく、ジッと立ったままで作業に集中できて、お客さまはおいしいコーヒーを求めて足を進める。
お客さまのことを考える、ということとお客さまを甘やかす、というのは全く違った次元のことなのに、それを混同する人が多いのはどうしてでしょう?
僕は絶対、甘やかされたくないな、と思いながらもスターバックスがハッシュブラウンを売る日が永遠に来ないとしたら、僕は永遠にこちら側からあちら側を見るしかないと思うと、わずかばかりの憂うつを楽しむしかない、ということになります。まあ、それも幸せ、デ・ス・カ・ネ?
((株)OGMコンサルティング常務取締役)