店主の本音・プロが訪ねる気になる店

1999.03.01 173号 12面

名古屋人の喫茶店好きはとかく有名な話。総務庁統計局の家計調査によると、九七年の世帯あたりの年間喫茶代は名古屋が約一万九〇〇〇円、岐阜が約一万八八〇〇円と、全国第一位と第二位を占める。それも第三位の大阪の約一万円を大きく引き離すほどだ。昼間人口一万人あたりの喫茶店数も名古屋が二四・八店と全国で最も多い。喫茶店急増期にサービス合戦がエスカレートし、ピーナッツにどらやき、果てはうどんやあんみつまで付ける過熱ぶりも、景気低迷と若者の喫茶店離れでなりをひそめ「毎年約五%ずつ減ってきている」(愛知県喫茶環境衛生同業組合)。そうはいっても他県に比べるとまだまだ健在。今回は旧態然の喫茶店経営を続ける「じゅん」の下山さん(67)が、今やマスコミの取材攻勢に大わらわ、絶好調の「チェリー」の玉井店長(39)に、その優秀なマネージメント手法を学ぶべく訪れた。

◆訪ねる人=下山純一さん

(しもやま・じゅんいち)=喫茶「じゅん」オーナー(名古屋市昭和区山花町二三、Tel052・751・3110)

三三歳の時、親が経営するレコード店を継ぐ形で喫茶店を開業。そのころ、お客さんは一日七、八回転するほどのにぎわいを見せていたが、その後約三〇年の間に減少するばかりとなった。喫茶ニーズの移り変わりを認識し鋭く分析はするものの、開店当初からの「モーニングはやらない」「コーヒー以外の軽食メニューはいっさいやらない」独特の方針を堅く守り、同じスタイルを貫く。

最近では業界のために動くことが多くなり、新聞や雑誌に引っぱり出されることがずいぶん増えた。昭和6年生まれ。

◆迎える人=玉井悦郎さん

(たまい・えつろう)=ベーク&コーヒーショップ「チェリー」黒川店店長(名古屋市北区黒川本通二‐一七、Tel052・917・6360)

大学卒業後コック志望でホテル入社。しかし高校から続けてきた喫茶店のアルバイトのおもしろさが忘れられず二三歳で独立、喫茶レストランの店を持つ。二八歳の時、これからはパンと何かを組み合わせた新しいタイプの複合店の時代だと考え、店を売りパンづくりの修業へ。製パン会社を三ヵ所経験したところで東邦ガスグループ経営の「チェリー」から誘われる。展開中の五店舗を見るスーパーバイザーでもあり、着実に売上げを伸ばしてゆく手腕は高く評価されている。昭和34年生まれ。

下山 実は、いろんなところで「チェリー」の評判を聞くにつれ、ぜひ一度来て話を聞きたいと思ってました。今日はぶしつけな質問も飛び出すかと思いますが(笑)、よろしく。

玉井 大変光栄です。基本的にはすべてオープンにしてますから、何なりとどうぞ。

下山 以前はセルフサービスをしてなかったですよね。いつから始めたんですか。

玉井 去年の4月からです。本当は六年前の開店時にセルフの店にしたかったんですが、当時はなかなかその考えが受け入れられなくていったん断念。それで去年やっとわがままを通してもらえて…。

店としては“武器”があればあるほど力を備えることができます。たとえばテークアウト形式をとるのもひとつ、店構えが大きいこともひとつ、要は喫茶一本ではなくいろんな要素を加えたミックスの魅力をアピールすることが大切だと思ってます。そこで忘れちゃいけないのは、ほかでは絶対まねできないことですけどね。

下山 “武器”ですか。そういう意味ではこの店はたくさんあるなぁ。焼きたてのパン、破格のモーニングバイキング、二二〇円の低価格コーヒー、店内が明るく、ゆったりしていること、トイレが清潔…、ウーンまいりました。ただ、そこで気になるのは採算のことだけれど。

玉井 実のところ開店半年間は立地条件も悪かったためか苦戦したんです。そこで何か起爆剤をと考え出したのがモーニングバイキング。でもどうせやるなら中途半端じゃだめ大々的にやろうと、平日は午前7時半から日・祭日は8時から10時まで飲み物代に一〇〇円プラスしてパンの食べ放題をはじめました。広告宣伝費としてペイできるものなら十分価値あるものにできると思ったわけです。

おかげさまで話題を呼びテレビや新聞に注目してもらえて、今でも取材申し込みはひっきりなしです。

下山 それでわかりました、あなたの話がわかりやすくてうまいわけが(笑)。とても慣れていらっしゃる。ところで、セルフを始めた根拠というのは何だったんですか。

セルフ化導入コスト意識も

玉井 以前は損益分岐点が日商二五万円だったけれど、セルフにすれば設備投資をして人件費やおしぼりなどの諸経費を減らすと損益分岐点が月商で一〇〇万マイナスの日商一七万八〇〇〇円となるんです。私にとってはこちらの方が楽だと考えたんです。

下山 人件費はどの程度軽減されたんでしょう。

玉井 前が月間約七五万円、今が五五万円なので二〇万は落とせて、利益ベースでとんとんとなり黒字に転換している状況ですね。

下山 ええと、客席数は六〇席で一日客数が三〇〇人ということになると五回転。最近は三・五回転が平均のようですけど四〇年前だと、喫茶店の営業が成り立つぎりぎりのところが五回転といわれてました。当時は六、七回転が一つの目安でしたし、うちの店では席数は二五席でしたが忙しいときには一〇回転したこともあったほどです。今となればなつかしい良き時代ですけど。

あと、原価率はどのくらいになりますか。

玉井 ベーカリーの方の廃棄ロスを入れると三八%ぐらいでしょうか。

下山 ホー、そうですか。いろいろと勉強になります。

玉井 いえそんな…。これでこの店の固定費でどのくらい節約できたかのデータがそろい、とりあえず成功しているので、これから新しく出店する店についてはここのやり方で展開してゆく計画です。

下山 あなたは評判にたがわずほんとに有能なマネジャーですね、全く。

玉井 一七歳の時たまたま張り紙を見て喫茶店のバイトをはじめたんです。今考えるとあれが人生の岐路だったわけですが、やはり好きなんでしょう、この道が。大学卒業してすぐコック志望として大手のホテルに入社したんですが、幹部候補生になったことがいやで辞めてしまったぐらいですから。

下山 さて、古いタイプの店代表として言わせてもらうと、昔からの常連客は年をとるばかりでお客さんの平均年齢も上がるばかり。とにもかくにも若い人が来ないのがうちの実情です。一〇代二〇代なんて笛吹けども寄らず、でして。

玉井 マクドナルドで育った若い人はあのしゃびしゃびのコーヒーもどきをコーヒーだと思っている。コーヒーの味わい方や喫茶店での過ごし方、期待する内容がまるっきり変わってしまったわけです。

少子化傾向は進むでしょうし、この先もっと市場規模は縮小していくばかりですから、どうにかして若い世代を含めてコーヒー人口を増やしてゆかないと。それには大きな発想転換が必要です。

下山 具体的にはどうすればいいんでしょうねぇ。

玉井 いわゆる「喫茶店」は多岐に分かれ複合店化してゆくでしょう。たとえばコーヒーに何かの要素を組み合わせる。それがパンであったり、漫画本であったりと、また花屋さんや本屋さん、ブティックの中につくるのも一種の複合形態ですよね。二極分化、三極分化をしてゆくのだから、前にも言ったようにそれぞれがきちんと見極めた起爆剤を持たなければなりません。

たとえば今だったらエスプレッソコーヒーマシンも一つの切り口になるでしょう。東京では五割以上の店に備えられてますが、名古屋では二割程度とのこと。そういう意味では名古屋は新しいことにはしり込みしがちですよね。もっともっと積極的に新しいことを取り込んでもいいのでは。

下山 大きく分けて今の二極化現象の中で、自分の店がその中間に位置しているとしたら、よっぽど考えなくてはならないってことかな。

玉井 どっちつかずは一番救いがないですね。

下山 客層をしっかり見極めて、そこに焦点をしぼりこんだやり方を見つけるってことかな。こんな話を聞いたことあります。近所の老人たちが早朝のラジオ体操をした後必ず寄る店があって、そこは彼らの時間帯に合わせて朝6時の開店で夕方4時には閉めてしまう。そして、コーヒーの味もサービスも店の雰囲気も高齢者が好むスタイルにしているんですね。こういうやり方が必要でしょう。

玉井 つきつめるところ何が最も大切かといえば、サービスと品質にゆきつきます。それにどれだけ極限まで磨きをかけられるかが勝負どころ。私が従業員によく話すのは、自分のやってほしいことをお客さんにしてあげなさいと。それがサービスの本質です。

ただ、どんなにきれいごとを言ってみても、売上げを上げることが終着地点。従業員の努力で売上げを伸ばせば必ずそれを評価し、「あなたの給料に必ず反映させます」と話すことも忘れてはいけないですね。

下山 なるほど。しかし、これだけきちんとした考えをもっていれば怖いものなんてないでしょう。

玉井 あります、ありますよ。一番恐れているのがファミリーレストラン。関東、関西圏はほとんど制圧されましたが今後中部圏にもやって来るでしょう。サービスも値段も味もまあまあの合格ライン。これが近くにできるのが怖いですね。逆に今一番心強い存在なのが四〇代の女性層。

下山 えっ、どういうことですか。

40代の女性がバロメーター

玉井 うちの店のお客さんの年齢層は幅広いんですが、特にアイドルタイムに利用してもらえるのがその層。圧倒的に多いですね。彼女たちに支持されていることをひとつのバロメーターとして、すすめてゆきたいと思っています。

下山 今日はおじゃまさせていただいてありがとうございました。やはりこれからはコーヒーだけではだめということなんでしょう。今度息子をパンの勉強に来させたいのですが、その時にはぜひご指導を仰ぎたいのですが(笑)。よろしくお願いします。

玉井 どうぞ、お待ちしています。

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