HACCPシステム・居酒屋における概念導入の実学
◆(1)有症クレームと事業者責任
飲食店のオーナーにとって、食中毒様クレームは頭痛の種である。それは提供した料理の安全性を証明できないため、クレームのたびに受け身になるからである。なぜ証明できないか。それは提供される料理が、厨房の担当者などの料理勘によるおいしさのみの追求によるためであろう。しかし、飲食店の料理には、これ意外にも十分条件が存在する。それは、料理の安全の確保であり、安らぎのある食事環境の安全の確保でもある。
わが国では、お客さまの利益の擁護を目的とする「消費者保護基本法」がある。そこには、事業者の責務と事業者が苦情処理体制の整備に努めなければならないと書かれている。また、欠陥商品による国民の生命、身体、財産を守るため、「製造物責任法(PL法)」が整備され、フードビジネスの業界においては、食の安全確保を保証する「HACCPシステム」も採用されはじめた。それらの対応は、食品衛生法も改訂し、時代のニーズに合わせている。よって、企業も食品衛生関係の社内規程を見直さなければならないわけである。
クレームの中において有症クレームは、厄介な出来事である。しかしながら、その厄介な出来事の有効な対処法は、スピードと誠意がベストな選択といえるだろう。このタイミングを逃すと問題がこじれ、行政的な問題、刑事的な問題、民事的な問題、さらに道義的な問題まで山積することになる。
なお、有症クレームにうまい解決法はなく、当事者間の不法行為責任の構成比率による負担額となる。このクレームにかかわる総額および負担額の増減を左右する要因は、料理の安全の確保を第三者に納得できる説明ができるかどうかにかかわってくる。よって、事業者は自らの経営姿勢を直し、現代の科学と技術によるヒト、食材、調理器具、容器、設備、水、衛生害虫とネズミ、その他の危害を分析し、論理的な方法を実践すべきであろう。今回は、その一助となるべく食品衛生論の実学を小生なりに述べてみる(本紙一九九八年12月21日付第一六八号「居酒屋へHACCP的システムを生かす挑戦」参照)。
◆(2)目的と方針は
この章では、居酒屋の料理をいかに安全で安心してお客さまに調理提供できるかを目的とする。目的の能書きは、今までの定義と何ら変わらない。要は、実学として、ある程度の成果が達成できなければならない。そのための方針は、安全な商品を提供する企業家として、株主さまへ、従業員さまへ、お客さまへ目的遂行が可能な方向性を明確にする必要がある。
明確な方針を決定するための必須条件は、料理に起因する衛生上の危害の発生要件について検討することである。料理の危害要件は、次の八つのポイントである。
(1)食材(2)ヒト(3)器具(4)容器・包装(5)設備(6)店舗環境(水、ネズミ、衛生害虫、落下菌など)(7)気象(8)その他(企業環境、ライフスタイルなど)
この危害八つに対し、分かりやすい言葉を使用して表現できる方針を作成すると良いだろう。実学としての食品衛生論の方針をひと言で表すならば、「善悪」で方向づけること、絶対に損得で判断してはならない。また、食品衛生を企業内で進めるためには、現在の組織を活用することである。そのためには、法律と連動する社内規程の整備から始め、食品衛生用の組織人事をつくり上げることが肝要である。
必要最小限の規程とは、何であるか。それは、「PL管理規程」と「食品衛生管理運用規程」によって、PLP(PL予防)とPLD(PL防御)をおさえることにある。特に、重要な点は、PL管理規程に基づく品質保証委員会を組織認知させることにある。
◆(3)重要な目標と手段・行動は
(2)では、料理の危害要件を八つあげた。ここでは、HACCPシステム概念導入における各種の危害要件ごとに具体的な目標例を述べてみることにする。
〈安藤流:料理の八つの危害要件にかかわる目標と手段・行動について〉
(1)食材は、「鮮度管理」である。鮮度は、TT管理を中心に衛生の三原則で補佐する。
(2)ヒトは、「健康管理」である。健康は、躾を中心に検便で補佐する。
(3)器具は、「衛生管理」である。衛生は、洗浄消毒を中心に乾燥で補佐する。
(4)容器・包装は、「定置管理」である。定置は、整理整頓を中心に乾燥で補佐する。
(5)設備は、「保守管理」である。保守は、取扱説明書の実行を中心に月次チェックリストで補佐する。
(6)店舗環境は、「保守管理」である。保守は、予測を中心にモニタリングで補佐する。
(7)気象は、「環境保全」である。保全は、愛を中心に躾で補佐する。
(8)その他は、「パラダイムの変化」である。パラダイムの変化は二番手戦術に徹し率先垂範を禁止する。
以上、各種危害ごとのワンポイントと手段・行動をも含め平易な表現に置き換えてみた。
◆(4)モニタリングと記録とは
(1)~(3)でHACCPシステム概念導入の目的、方針、目標、手段・行動まで述べてきた。さらに、その具現化のために有症クレーム対処の記録とモニタリングについて実学の話を進めてみよう。クレームが発生した。その時必要なことは、一担当者が迅速な処理を誠実・努力を持って、すべてにわたり最初から最後まで担当することにキー・ワードがある。
では、(3)と同様に〈安藤流:料理の八つの危害要件〉に基づいて、居酒屋店舗におけるモニタリングと記録のおさえ所をフローチャート方式で簡単に整理してみる。
●食材=発注↓検品↓保管↓下処理↓調理↓盛り付け↓配膳↓提供・卓上調理↓下膳
●ヒト=採用↓ホール・調理の業務↓OJT↓研修↓自得・自立↓健康管理
●器具=発注↓検品↓保管↓洗浄消毒↓使用↓清掃↓保管
●容器・包装=前記と同じ
●設備=取扱説明書↓使用↓清掃↓保守
●店舗環境=教育↓整理整頓↓掃除↓保守
●気象=理念↓経営方針↓システム↓教育↓実行
●その他=情報収集↓パラダイムの変化↓夢と分析↓判断↓具現化
以上、各種危害における簡単なフローチャートに基づき、各ポイントにおいてどのようなモニタリングと記録をすれば良いのか「食材の危害要件」を中心に表にまとめて見てみる(資料1)。(6~7面へつづく)
しかし、何も衛生的な仕事をしていない店舗では、従事者が衛生の業務に対し協力しないことが多い。あるいは、返事はするが、できない理由を並べたてることが多いのである。その時には、小生が父親代わりとなって、彼らに社会人としての一般常識を教育しなければならなくなる。そこで、話を戻して、食材の危害要件における序列を考えてみる。
資料1の中で大事な記録は、検品チェックリスト、月次温度管理チェックリスト、仕込み管理シール、調理CCPチェックリストとなる。これは、店舗におけるHACCPシステム概念の導入を進める中心になりうる。
◆(5)具体的なチェックリストとは
ここから、具体的なチェックリストの活用を含めた話に切り替えていく。ここでは、現在進行中の様式などの資料2~6と、具体的な「ブランド」を出して説明を加えることとする。チェックリストの記述における基本注意事項は、次の通りである。
記述者はボールペンを使用し、必ずサインする。記録の保管は最低三ヵ月、一年がベターである。記録を忘れた時、そのままにして後で穴埋めしない、正直に記載する。記録は○×にて簡潔に実施する。なお、×のときには備考欄に改善措置を記入する。各種チェックリストは責任者を決め、そのチェック全体に対し権限と責任を持たせること。
◆検品チェックリスト(資料2)
検品チェックリストは、納品伝票を利用したチェック法である。業者に納品時間を伝票の右肩口に朱で記述してもらうこと。従業員は、検品時に検品時間を記入し、個数と規格をレ点チェックし、鮮度は目視を中心に官能検査をする。また、冷蔵・チルド・冷凍食品などは、二、三検体の放射温度計にて実測する。加工食品は期限表示を必ずチェックする。最後に、各納品業者の伝票をまとめ、本チェックリストを表紙にしてホチキスにて綴じて、保管する。
◆月次温度管理チェックリスト(資料3)
冷蔵機器および保温機器の機能は、温度コントロールである。よって、温度記録がない冷蔵機器などは、温度管理の機器ではない。そこで、月次温度管理チェックリストを使用して、一台一台について月次で温度記録をつけること。記録の重要点は、その機器の設定温度と入店時の実測温度が、許容できる範囲内にあるかである。あとの温度は補助程度である。しかし、温度が異常の時は、原因の究明を実施し、是正策を実行することである。また、隔側温度計の中でも、測定期間の最低と最高温度を表示できるものがある。
◆仕込み管理シール(資料4)
HACCPシステム概念導入の管理の神髄は、この仕込みシールであると自負している。何せ、やらせること。すべての食品に張らせることである。直接張れないものには、ネタケースや冷蔵庫の扉に張らせることである。小生が教育している基本的な賞味期間は、原則二日間である。これを逸脱する時は、その担当調理師の責任となる。クレーム発生時には損害賠償の対象にもなっている。シールの保管は、期限がきた使用済みシールを容器などからはがし、管理専用ノートに随時張っていく。絶対に捨ててはならない。
◆調理CCPの簡易チェックリスト(資料5)
本チェックリストは、料理を提供するに価する安全の最終確認である。その方法の一例を挙げてみる。生食ならドリップの処置法、解凍法、霜降り、あるいは洗浄・消毒の濃度と時間管理など。加熱調理なら温度と時間管理、揚げ物なら油の温度と芯温を時間管理に置き換えるなど。焼き物なら芯温管理など。問題は、確認が不十分なら是正措置をし、再加熱などを実施することにある。その時、料理にならない場合は処分することである。英断であり、原価率などの経営指標を忘却すること。ここで、損得の判断をするヒトは、責任者の素質がない。食品衛生は、善悪の判断業務である。
◆個人衛生自立チェックリスト(資料6)
食品取扱者の衛生は、法一九条の一八第二項にある管理運用準則に個人衛生として書かれている。これを基本にして、人間教育し、衛生的判断の物差しサイズを小生と共有できる状態にする。つぎに、食品衛生の判断ができる基準を含め、従事者一人ひとりに「自得」させ、フード・サービスで働ける「自立」を養う。あとは、個人の正義のなかでチェックしてもらうしかない。一人、一ヵ月、一枚の様式にて、自得と自立の成果のなかで、フードサービス業の一個人として食品取扱者の衛生をみる。神頼みだが、個々人の検証もできるだけする。終わりなき戦い…。
◆(6)明日のために
今回は、居酒屋におけるHACCPシステム概念導入の実学として、できるだけ具体的に現在使用している様式などを利用して説明してきたが、何せ紙面が足りない。いやいや、小生の文書能力不足が案の定出てしまった。
飲食店のHACCPシステム概念導入の実務者であるサニテイション・システム・デザイナーとして、〈安藤流:料理の八つの危害要件〉をすべて説明できず残念であるが、不足分はまたの機会にしたい。最後に、お読みいただいた読者もHACCPシステムを学問的でなく、実学的に導入していただき、これからも紙面などを通じて小生らと議論していきたいと心から思う次第である。
最後に、われわれの仲間は、食品衛生の世界で仕事している企業人としてたくさんいる。そこで、小生の仲間が、作り出し、小生が業務上使用している商品名などを次に紹介しておくので、参考にしていただきたい。殺菌薬剤関係=A‐800・キレーネ、手指洗浄石鹸=オスバンウオッシュ、腸内細菌検査=ファルコ・バイオ・システムズ、ネズミ駆除=キャッツ、芯温計=鳳彰サニタリー、その他役に立つ衛生商品が多数ある。
また、私の自慢は、大事な仲間が大勢いることである。小生が主催している研究会「みぢかな食品衛生推進研究会」も年に三~四回程度開催している。入会資格は、衛生分野に関係があれば、みな仲間である(FAX03・5479・5023)。
実学終わりの一言=全員参加で、幼稚な記録でも、一歩踏みだせば、明日が見える。
(サニテイション・システム・コンサルタント、(株)大庄食品衛生研究所 安藤洋次)